僕は勉強しかできない

@hdmp

第1話 これも勉強

俺は勉強しか出来ない。友達も彼女も出来たことがない代わりに、それだけは自信があった。情報を頭に叩き込んでいく作業に、何時間でも没頭できた。その情報を忘れないための努力も楽しかった。ただ勉強の道を突き進んでいたら18年が過ぎ、東大文2に合格した。


この道のゴールは大蔵省だという。「知らないの?今度財務省になるんだよ」と入学式で隣になった男は言った。「これからめっちゃ遊んで、イケてる企業に就職するんだ」「へえ」「官僚だっけ?あんなんなるのはバカだよ」「よく分からない」それからその男とは何度か話したが、やがて大学には来なくなった。「授業なんてバカが受けるもの」といい、今度起業するという。誘われたが、勿論断った。


授業は確かに難しい。なぜ、コレを学ぶのか?という疑問もある。そこで教授に質問した「この時代のサミュエルの見識では、たしかに経済の本質を見つけたように感じるかもしれないが、結局それは田舎者の勘違いにすぎないのではないか?」と経済学史の教授に質問した。「じゃ、キミはなにが経済学的に重要な発見だと思うのか?」と訊き返され「ウェーバーの着想は凄いと思う、同時期を過ごした経済学者からみても傑出している」と答えた。教授は複雑な表情の後、1冊の本を貸し出し、そして言った。


「他者との交流が新しい着想を生み出す」

「友達を作れと言うことですか?」

「そうだ」

「よく分かりません」


俺にとって友達とはなんだろう。調子だけが良かった入学式のあの男のことだろうか。借りていた本を1日で読み、感想を3日かけて書いた、ついでに質問も生まれたので教授のところに返しに行く。するとガタイのいいスーツの男がいた。


「君が大蔵に入りたいって学生?」

「はい」

「ちょっと話そうか」


連絡先を交換する。大蔵省→財務省の人間だった。「なんでウチに入りたいの?」「そこがゴールだからです」「うちはゴールじゃないよ、むしろスタートだよ」「じゃ、それでいいです」「勉強だけでは付いていけないぞ」「わかりません、勉強しかできません」


男は残念そうな顔を浮かべて、学食をおごってくれた。数日後に連絡があって、造幣局の社会見学があるから来ないか?と言われた。ジーパンとパーカーでいいんですか?と断ってから「行きます」と答えた。


造幣局に行く。ツアーではなく、職員と男がいた。3人でいろいろ見せてもらう。

「どうだ?」と感想を聞かれたので「ただの紙が金になっていきます」と答えた。「そうだ」と男は言った。「これが国家の源泉的な力だ」


圧倒的なパワーだった。1人の人間が人生をかけて血眼になって欲しているものが、目の前でジャンジャンすられていく。その軽さに腰が抜けそうになった。


「これから、どうなると思う?」

「僕の私見ですか?」

「そうだ、経済はどのような変化をするのか、キミの意見が聴きたい」

「はい、恐らく国民1人1人がネットにつながる電子端末を持ちます」

「うん」

「そして、お金は電子化されます、円だけじゃない、新しい貨幣も生まれるかもしれない」

「うん」

「重要なのは、そこに国家がどうやって介在していくか?ということです」

「どうやる?」

「新しい貨幣よりも信用出来て、安全な貨幣を国家が作るしかありません」


別れ際、男は握手をしてきた。


「まあ、勉強はしっかりやっておけよ・・って君には言わんでもいいか」

「はい、勉強しかできません」

「それ以外もしっかりな、友達を作って、遊んで、恋人も見つけておくといい」

「それは分かりません」

「それも勉強だぞ」


友達の作り方、恋人の作り方、未知のジャンルをどうやって勉強すればいいのか?戸惑っていたら男は笑った「サークルにでも入れ」


今から入れるサークルを探した。掲示板の前でたたずんでいたら、横に女の人がいた。


「なにか探しているんですか?」

「友達が出来て、恋人も見つかるサークルです」

「ならウチなんてどうですか?」

「?」

「起業研究会、友達や恋人を作るにはまずお金が必要だから」

「話を聴きたいです」


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