REQUEST26 勝敗の行方 

 圧倒的な身体能力を駆使して、コノエが攻め立てていく。

 華麗とは言い難い滅茶苦茶な剣さばきだが、これこそがコノエの持ち味だ。

 本能の赴くままに、予測不可能な銀閃を戦場に刻んでいく。



「まだ諦めてはおらぬようだな。相変わらず凄まじい動きだ」



 それに対してブレンは、防戦一方にならざるを得ない。

 嵐の如く己に降り注ぐ斬撃を防ぐことに集中しているので、なかなか攻勢に転じることができないようだ。



「だが、それだけでは吾輩には勝てん」



 しかし、ブレンもそう簡単に倒せる相手ではなかった。

 無駄のない洗練された動きと、素早く正確な剣術で、コノエの斬撃をことごとく薙ぎ払う。


 このままでは、さっきまでと同じ展開だ。

 じわじわとブレンに反撃を許してしまい、攻めているはずのコノエが劣勢になっていく。

 だが、



「がむしゃらに剣を振り回していたあいつはもういない。勝つのはうちのコノエだ」



 俺は信じている。いや、確信しているんだ。あいつの勝利を。

 ほんの十数分前まで感じていた不安はない。戦っているコノエの顔を見ればわかる。

 あいつの紅い瞳には、もう勝利の二文字が見えているってことを。



「このまま吾輩を圧倒しようと考えているようだが、そろそろ疲れてきたのではないか? 隙が見えてきたぞ」



 少しだけ大振りになった斬撃を紙一重で躱して、広げた左の掌をコノエの眼前に突き出す。

 今までは防御で手一杯だったブレンに、ようやく反撃に出る機会がやってきたのだ。



「――それを待っていたのよ! 鎧男!!」

「!? な、何故だ!!」



 ブレンの大きな手は、確かにコノエのすぐ目の前に広げられている。

 この距離とタイミングならば、タトゥーが目に入っているはずだ。

 いや、そのはずだったのだが、



「何故……吾輩の術にかからないッ!?」

「さぁ、歯を食いしばりなさい! 今までのお礼に、一発全力でブチ込んでやるんだから!!」

「貴様、まさか!?」



 動揺したブレンが左手を戻すと、隠れていたコノエの顔がはっきりと見えた。



「わざと隙を見せて、吾輩に呪紋を使わせたのか!?」



 ブレンの限界まで見開かれた両眼に、目を瞑ったまま拳を握りしめているコノエが映る。



「ええ、そうよ! 真っ向からアンタの変な術を打ち破る。最っ高じゃないの!!」



 悪魔のような高笑いをしながら、コノエはブレンの懐へと踏み込んだ。

 妖しい笑みをより一層深めて、拳に闇夜よりも濃い漆黒の霊力を付与させる。



「アタシぐらい最強になればね! 別に視覚に頼らなくても、アンタに一撃をお見舞いするぐらい楽勝なのよ!」



 コノエの固く握った右の拳が、ブレンの頭部を守っている冑を打ち抜く。

 拳を放つ瞬間、「オラァッ!」という乙女らしくない声が聞こえた気もするが、聞き間違いということにしておこう。


 殴られた衝撃で、ブレンは後方へ縦に回転しながら、ガンッ! ゴンッ! と地面にぶつかりながらふっ飛んでいく。

 壁へ叩きつけられることにより、ようやくその勢いを殺すことができた。



「ぬぅッ……」



 意識は失っていないようだが、ブレンは上体を起こすことさえできない。

 それでも立ち上がろうと、手足を動かして必死にもがいている。

 ひしゃげて歪な形状になった冑が、コノエの一撃の壮絶さを物語っていた。



「あー、スッキリした! ほらっ、この女神よりも慈悲深いアタシが待ってあげてるんだから、早く立ちなさいよ」



 コノエは一仕事やり終えたような顔つきで、右手の拳を突き上げて身体を伸ばす。

 燃え上がるような紅瞳は、壁を背に立ち上がれないでいるブレンの姿を捉えていた。



「……こんな、ところで……」



 もはや使い物にならない冑を脱ぎ捨て、ブレンはヨロヨロと立ち上がる。

 露わになったその顔には、たくさんの深いシワが刻まれていた。



「こんなところで、死ぬわけにはいかぬッ!」



 短く切り揃えられた白髪の合間を縫うように、血が頬を伝って顎まで流れている。頭部に負った裂傷が痛々しい。



「呪紋が破られたぐらいでなんだ! 吾輩はまだ、負けたわけではない!」



 自分に言い聞かせるように、自分を奮い立たせるように、

 ブレンは足元に落ちていた片手半剣を拾うと、必死の形相でコノエのもとへ向かっていく。

 だが、肉体のダメージは思ったより深刻そうだ。見るからに足取りがおぼつかない。



「…………面白い。面白いぞ人の子よ!」



 コノエは舌先で唇を湿らせると、剣先をブレンの顔に向けて大剣を構える。 

 その紅玉の瞳は爛々と輝き、黄金色の"三尾"は優雅に舞い踊っていた。



「調子に乗るなよ小娘! たとえ呪紋が効かなくとも、吾輩は負けるわけにはいかぬのだッ!!」

「ならば、死ぬ気で妾に抗ってみせろ!! 貴様の全力を打ち砕くッ!!」



 コノエとブレンの剣が、火花を散らせて交差する。



「――グフゥッ!? 見事、なり」



 勝負は一瞬で決まった。



「吾輩は、吾輩たちはどこで、道を誤ってしまったのか……何の為に義賊団を立ち上げたのか……」



 傷口から血が噴き出したブレンは、ゆっくりと膝から崩れ落ちる。

 胸部から腹部にかけて、すれ違いざまに深く斬られたのだ。



「ブレンと言ったな、お前。今宵はまぁまぁ楽しめた。生まれ変わって出直してこい。この妾が、いつでも相手になってやろう」



 コノエは返り血を浴びた大剣を肩に担いで、倒れたブレンに人懐っこい笑みを見せる。

 こうして、壮絶な戦いが終わりを迎えた。コノエの勝利という最高の結果でな。




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