REQUEST20 廃城潜入

「ハク、城壁の警備状況はどうだ?」



 廃城の裏手にある小高い丘に到着した俺たちは、うつ伏せになりながら廃城の様子を窺っている。

 この距離と暗さだと俺と姐さんじゃ戦力にならないので、完全にハク頼みだった。頼りっぱなしですまん。



「……城壁に沿うように巡回してるのが、少なくとも五十人は確認できるよ。というか、多すぎて数えられない」

「うーん、やっぱそう簡単には潜入できそうにねぇか。城壁で囲まれてるところにそれだけ警備の奴らがいるってことは、正門の前はもっと守りを固めてるはずだからな」



 流石に正門の方が手薄ってことはないだろう。という俺の勝手な推測なのだが、間違っていたら申し訳ない。

 でもあれだ。普通に考えたら誰だって正門を固めたくなるよな。周りは強固で高い城壁に守られているわけだし。



「どこか城壁が崩れているところはないか?」

「さっきから探しているけど、崩れている城壁は今のところ見当たらない、かな」

「そうかそうか。ありがとな」



 隣で頑張ってくれているハクに感謝を伝えて、俺は少し考える。

 しかし、ありゃあ廃城と呼ぶにはいささか立派すぎるよな。

 まだまだ城壁もしっかりしているようだし、これは当初の計画を変更せざるを得ないかもしれない。

 廃城ってくらいだから、俺はもっと荒れ果てた城を思い浮かべていた。


 だからこそ、当初は警備の隙を狙って、崩れた城壁から城内へ侵入しようと計画していたのだ。

 だが、残念なことに現時点では入り込めそうなところは見当たらない。

 そうそう物事は予定通りにはいかないようだ。ちくしょう。



「どこから潜入するのが最善かね。別にあの廃城が断崖絶壁にあるってわけじゃねぇし、城壁をぶっ壊せば最悪どこからでも入れるんだが……。ま、これはあくまで最後の選択肢だな」



 可能であれば、初っ端から連中とバチバチにやり合うのは避けたい。

 村の人たちやマヤちゃんのご両親を人質に取られてしまうと、俺たちは一気に不利になってしまうからだ。



「そういや、コノエの奴は無事に城内に忍び込めたの――」



 ドッゴォオオン!! と。

 まるで俺の声を断ち切るように、鼓膜を震わせたのは爆発の轟音。



「だんちょ、だんちょ、今の見た? 聞こえた?」

「……ああ。見えたし聞こえたぜ。しっかりとな」



 俺の視線の先には、闇夜に映える爆炎と、大きく穴の空いた城壁が見えている。

 現場ではかなりの衝撃音が奴らの耳を襲ったはずだ。

 なんつったって、三百メートルほど離れているこの丘まで音が届いたんだからな。



「コノエの野郎、一体あの中で何をしてるんだ? てか、思いっきり暴れ回ってるじゃねぇか」



 実際にコノエの姿を確認したわけではないが、こんな都合よく連中が仲間割れを始めたわけでもないだろう。

 あの爆発の原因は、十中八九うちの大精霊様で間違いないはずだ。



「だんちょ、どうする? 爆発で空いた穴から城の中に入れそうだけど」

「……いや、ダメだ。爆音を耳にした見張りの連中がすぐに集まってくるだろうよ」

「ほんとだ。いっぱい穴の近くに集まってきた」

「ああ。でもま、そのおかげで他の警備が手薄になった」



 きっとあの穴は俺たちのために開けてくれたわけではないだろう。

 がしかし、結果良ければ全て良しだ。有効活用させてもらおうじゃねぇか。


 それにコノエのことも心配だ。あいつは基本的に自由奔放を体現したような奴だが、こういう大事な時に自分から約束を破るような奴ではない。


 ということは、だ。コノエの身に何か不測の事態が起きている可能性が高い。

 望まずして戦闘に発展してしまったのだろう。



「何はともあれ、俺たちにとっちゃ今が好機だな。ハク、姐さん、この騒ぎに乗じて城内に忍び込む。急ぐぞ。人質を取られる前に助け出さねぇとな」



 立ち上がった俺は、左右に顔を振ってハクと姐さんに声をかける。

 一緒にうつ伏せになっていた二人も起き上がって、衣類を整えながらこう言った。



「りょーかいした。コノちゃんだけに任せてられない」

「準備は整っている。いつでも行けるぞガウェイン」







「外から見ると立派だが、やっぱ廃城って言うだけあって城の中はけっこう荒れてるんだな」



 横長のテーブルに手をつきながら、俺は部屋の中を見回す。

 おそらくここは食堂として使われていたところだろう。


 部屋の中心に質の良さそうな長い長いテーブルと、こだわりを感じる装飾のイスが数えきれないほどある。ただ、どちらもボロボロで状態は最悪だが。



「にしても、これだけ城内を明るくしてくれてりゃ俺たちも助かるな」



 廃城の内部は、壁に取り付けられた燭台に火の灯った蝋燭が立てられており、俺でも不自由なく動ける程度には明るくなっていた。

 俺たちは警備の薄くなった裏門を制圧して、無事に城内へ忍び込むことに成功した。

 コノエが倒して回っているおかげか、ここまで盗賊団の連中とはあまり遭遇していない。



「まぁ、それでもこうして今まさに戦闘に発展しちゃってるんだけどね」



 現在この部屋の中では、激しい戦闘が繰り広げられている。

 笑えない命の奪い合いの真っ最中というわけだ。

 盗賊団の下っ端の連中と、頼りになる姐さんのな。



「うえっ!? 死んだ奴の血が俺の軽鎧にかかった。血って洗っても落ちにくいんだよな……」



 とりあえずその場しのぎではあるが、テーブルの上にあった薄汚れた布をちぎって、軽鎧に付着した血を拭う。


 うげ、なかなか広範囲に飛び散ってやがる。めんどくせ。

 ついでに言っておくと、俺が今こうして一歩も動かずにジッとしているのは、もっぱら姐さんの邪魔をしないためだ。


 敵を褒めるみたいで嫌なのだが、下っ端とはいえ一人一人の練度が非常に高い。



「頭を下げろガウェイン」



 ちょうど俺が軽鎧にかかった血を全て拭き終えたその時、背後から姐さんの声が聞こえた。



「あいよ」



 俺はすぐさま、言われるがままに頭を下げる。

 それとほぼ同時に頭上で聞こえたのは、何とも言えない嫌な音だった。

 姐さんの武器――緋槍カルディアの切っ先が、グサッと誰かの身体に突き刺さった音だ。


 おそらくこの独特な響きからして、刺さったところは首なんじゃないかと思う。

 と、そんなことを考えているうちに目の前にポタポタ垂れ落ちてきた液体が、大きな血だまりを形成して床を赤く染めていく。



「もういいぞ」



 顔を上げて周囲の様子を窺ってみると、ビクビクと全身を震わせて苦しむ男の姿が目に入った。

 姐さんの持つ槍の刃で、首元を深く貫かれている。痛みと苦しさで意識が朦朧としているようだ。


 足元には、こいつが落としたであろうククリナイフが落ちている。

 俺を襲おうと近づいて来ていたのだろう。距離は二メートルもない。

 どうやら俺は姐さんのおかげで命拾いしたようだ。



「呆けている場合ではないぞガウェイン」



 姐さんは俺にそう言いながら、突き刺さったままの槍を引き抜いて、瀕死の男に強烈な回し蹴りを喰らわせる。



「ここは戦場なのだからな」



 蹴り飛ばされたそいつは食堂の壁に叩きつけられ、力なく地面に落ちた。

 勢いよくぶつかった衝撃で、壁にはブチまけたような血の跡が刻み込まれている。

 廃城内の荒れっぷりとあいまって、なんとも不気味な雰囲気を醸し出していた。



「わ、悪かったって。血が乾いて落ちにくくなる前に、ちょちょいと綺麗にしちまおうと思ってさ」



 姐さんは俺の言い訳を聞いて、呆れたように息を吐く。



「お前はなんというか、図太い上に肝が据わっているよな。こんな状況でも落ち着きすぎて怖いくらいだよ」

「ん? 自分じゃわからんし、そうでもないと思うんだけどなぁ」

「まぁ、お前には頼りになりすぎる用心棒が二人もいるからな。守られることに慣れてしまって、そのあたりの感覚が麻痺しているのかもしれない」

「それは……一理あるね」



 俺たちの会話だけを聞いていると、戦闘はもう終わったように感じるかもしれない。

 しかし、こうして楽しくやり取りをしている間にも、姐さんの緋槍は盗賊団の奴らを襲い、耳を塞ぎたくなるような断末魔が聞こえてくる。



「フンッ。腹を貫かれたくらいでいちいちうるさい連中だ。そんな大きな声を出されたら、お前らの仲間がここに来てしまうだろうが」



 返り血をいくら浴びようとも気にした素振りは一切見せず、姐さんは確実に連中の数を減らしていく。


 俺だって一応――いや、立派な男だ。

 姐さんだけに戦闘を任せて申し訳ないという気持ちも、ないわけではない。

 だがしかし、それはそれ、これはこれだ。姐さんの足を引っ張るわけにもいけない。



「俺が張り切ったところで返り討ちに遭うのは火を見るよりも明らかだし。ここで邪魔にならないように待機してるのが一番ってわけだ。それに姐さんには、さっきのドジの分も頑張ってもらわないと」



 あまり大きな声では言えないが、敵襲(コノエ)を迎え撃つため廃城内を移動中だったこいつらと遭遇してしまったのは、姐さんが原因だったりする。


 そりゃタイルの床に槍を落としたら、その音で見つかるだろうさ。

 静まり返った城内にカーンという音が響いた時は、本当に冷や汗をかいたぜ。



「ふぅ。さて、こんなものか。ほら歩け」

「……お、俺を人質に取ったところで無駄だ。お前らに話すことなど何もない……。早く、殺せ……」

「自ら死を望むか。だが、貴様には訊きたいことがある。ただでは殺さんぞ」

「――ッ、」



 傷だらけの男を拘束した姐さんが俺の方へ歩み寄ってくる。

 男の左腕はだらりと垂れており、ぷらんぷらんと振り子のように揺れていた。こりゃ骨折してるわ。



「おっ。仕事が早いねー姐さん」



 顔を動かして周囲を見てみると、食堂には十数の死体が寝転がっていた。

 よし、もう俺も動いて大丈夫そうだな。

 とりあえず窓を開けよう。血の臭いが部屋中に充満していて空気が悪い。



「……換気よし、と」



 立て付けの悪い硝子窓を開けると、ひんやりした夜風が頬を打つ。

 俺の後ろでは、姐さんが拘束した男を尋問している。もちろん手荒なことはしてないぜ。

 あくまでも優しーく質問をしているだけだ。



「――ァアアッ!?」



 え? さっきからちょいちょい苦痛に満ちた声が聞こえてくるって? いや気のせいだろ。

 こう見えて姐さん優しいぜ。いやこう見えて・・・・・は失礼か。



「おいガウェイン。こいつの話を聞くに、どうやら連れて行かれた人たちは地下牢に入れられているようだ。親切なことに案内もしてくれるそうだぞ」

「マジか、そいつはありがたい。悪党の中にも親切な奴がいてくれて助かったな」



 窓の外を眺めていた俺は、おもむろに後ろを振り返った。

 そして姐さんに取り押さえられている男のもとに、ゆっくりと歩み寄っていく。

 血を流し過ぎたのか、はたまた人生に疲れたのか、拘束されている男の顔色は悪い。



「じゃあ早速、俺たちをその地下牢まで連れて行ってくれ。お前も早く楽になりたいだろ?」



 と、俺は男の目をしっかり見据えながら問いかけた。




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