#28 魔王誕生
地下洞窟の一部を鉄格子と鉄扉で区切り、簡易な地下牢とした空間だった。
扉に近付いただけで、壮絶な悪臭が鼻をつく。地上の奴隷小屋と比べても、数段劣悪な環境らしい。
「ブレイク・マテリアル」
ヤタローは、問答無用で鉄扉を砕き、内部へ踏み込んだ。
ざっと見渡したところ、内部はかなり広く、収容されているのは四十人ほどの老若男女である。いずれもぼろきれをまとい、手枷をはめられている。
ベッドや毛布のたぐいなど一切なく、なんの加工もされていない固い岩肌の上に、人々は直接、座り込んだり寝転がったりしていた。
足元には、おそろしく粗末な木椀が、いくつか散乱している。一応、これを食器として、最低限の食事は与えられていたようだ。
「助けに来ました。もう大丈夫ですよ」
ヤタローが内部へ声をかけると、数人の男女が、ざわざわとヤタローのもとへ這い寄ってきた。
「ほ、ほんとに……?」
「たすかるの、わたしたち?」
「連れ出してくれるのか……?」
人々の顔は、いずれも酷く憔悴している。それでもまだ動けるのはましな方で、衰弱しきって動けない者も少なくないようだった。
牢の奥には、すでに手遅れとなった死骸すら、いくつか転がされている。
そうするうち、ボルがヤタローの背後へ足早に歩み寄ってきた。
「ますたー。手伝います」
「では、生存者の手枷を壊して、外していってください。ああ、驚かさないよう、静かに。治療はこっちでやります」
「承知しました」
ヤタローとボルは、手分けして、息のある者たちを解放し、治療を施して、順次、牢の外へと連れ出した。
捕らわれていた四十数人のうち、およそ半数が若い男女、残りは老人と子供たち。
全員、
「あんたは、そうするだろうと思ったよ」
ギザンが苦笑を浮かべつつ、ヤタローへ声をかけてきた。
「地下から出ましょう。出口はわかりますか?」
ヤタローが訊くと。
「わっ、わたしが、案内しますっ。ここは誰よりも詳しいので!」
エルフの女魔術師ビングが、やけに張り切った様子で前に立った。
「ここは地下の要塞になっています。地上への出口も複数あって、砦の中だけじゃなく、森の外……帝国領にも通じています。ですが、故意に構造を迷路化していますので、案内なしでは、まず外には出られません」
とビングは言う。
そのビングを先頭に立たせ、ぞろぞろ人々を引き連れて、薄明るい地下を歩くヤタローたち一行。
道すがら、ギザンが呟いた。
「実は俺も、ここの全体は把握してねえんだよ。広いし、複雑だしな。ビングは把握してるのか?」
「この洞窟を要塞化したのは、わたしです。把握してないわけがないでしょう?」
声のトーンを下げ、やや冷ややかに応えるビング。豹変したようにも見えるが、ヤタローへの対応がおかしいだけで、むしろこれでも、先刻までより、随分と柔和な雰囲気になっている。
ビングの人格そのものに、かなり変化が生じているのかもしれない。
「ビングさん。この洞窟について、説明を聞かせてもらえますか。歩きながらでかまいません」
「はっ、はい。包み隠さず、すべてを、お話いたしますっ……!」
ビングの説明によれば。
バッフェンの森の地下一帯は、自然発光する「魔石」の鉱床を擁する天然洞窟であり、もともとはバッフェンの賊の前身である帝国の反社会的集団が流入し、洞窟に隠れ住んでいたのだという。ビングはその一員であった、とも。
この地下洞窟の規模は、ラコニア帝国とシンティーゼ王国の国境をまたぐ広大なもので、双方に通じる地下経路としても利用できる。
ゆえに当初は、禁制品の密輸ルートとして活用されていたが、そのうち、人身売買の中継基地という位置付けとなり、奴隷を確保しておく地下牢や、馬車の直接乗り入れを可能とするスロープ、魔物の侵入を阻む隔壁などが設置された。
自らその図面を引き、作業の指揮を執り、洞窟の要塞化を手がけたのが、ビングだという。
この洞窟を利用して、人身売買を手がけるよう発案し、実行に移した張本人は、当時、いつの間にか集団に紛れ込み、頭角を現しつつあった謎の男、グローズである。
ビングはグローズの参謀役として、組織をまとめ、流通ルートを開拓し、商売を軌道に乗せた。
まず、地下の要塞化と同時に、帝国の奴隷商人との商談や取引きを行うための小さな事務所が、森の地上部分に建てられた。
この時期、すでに集団の頭目にまでなりおおせていたグローズは、ビングと協議し、組織を拡大する方針を採り、周辺各地から新たに傭兵や流れの無法者らをかき集めて、地上の警備にあたらせた。
これが現在の「バッフェンの賊」のはじまりであったとされる。
「なるほど、まず地下洞窟ありきで、そこから地上に出てきたと」
「そういうことです」
ヤタローの言葉に、ビングはうなずいてみせた。
……時間の経過とともに、地上の施設は急速に規模を拡大し、年々増加する構成員たちを養うための営舎や倉庫、厩舎、外敵に備えた頑丈な柵や外門などが築かれた。小さな事務所は、いつしかグローズと幹部らの住まう豪奢な邸宅となった。
ギザンが用心棒として雇われたのは、この時期である。
バッフェンの賊は、人身売買によって得られた莫大な利益で財をなし、さらに多くの無頼漢を引き入れて規模を拡充し、周辺の村落や街道を襲撃し、さらなる被害をもたらし続けてきた。
つまるところ、ビングはグローズとともに、賊の凶悪化と規模拡大を促進した元凶の一人であり、当人も言うがごとく、不義と悪行に染まりきっていた。
ビング自身が直接手を下したわけではないにせよ、間接的な被害者は数千人に及ぶであろう。
「こんなわたしに、邪神様は、生きて償いをせよと……その、具体的には、まず、何をするべきでしょうか?」
地上への出口が見えてきたころ、ビングは声をひそめて、ヤタローへ教えを乞うた。もはや完全に邪神呼ばわりで固定されてしまったらしい。
ヤタローは、その点に突っ込みを入れる気力もなく――。
「あなたは、帝国の奴隷商人に顔がきくのでしょう?」
「はい、長年、そういう立場でしたので」
「ならば、やってほしいことがあります」
「わたしに、できることが……」
「詳しい事は、地上に戻ってからにしましょう」
「はっ、はい! わたし、どんなことでもしますっ!」
なぜか頬を赤らめつつ、ぶんぶん頭を縦に振るビング。
「おまえ、本当にビングなのか……?」
横から、あらためて不審げな眼差しをビングへ向けるギザン。
「わたしは目が覚めたのです。邪神様のおかげで。長い、長い、悪夢から……」
ビングは、つと、ヤタローの隣に寄り添った。
「そこのエルフ。近すぎます。ただちに、ますたーから離れなさい。離れなければ、射殺します」
「物騒な発言はやめなさい」
ヤタローは、ボルを窘めつつ、地上へと続くスロープをのぼりはじめた。
まだ、いくつか処理すべき課題が残っている。
地下から連れ出してきた元奴隷たちをどうするか。
92Fにより鎮圧・改心させた構成員らを、どう扱うか。
砦の門前にも、待機させている馬車の一群がある。彼らも中に入れてやらねばなるまい。
ビングにも、説明すべき案件がある。
地上に戻っても、なおヤタローに、休息の暇はなさそうだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
その頃――。
リリザ村。
村外れの小屋。
少女ユルは、藁のベッドで両親に抱かれ、寝息をたてていた。
ヤタローが去って、丸一昼夜。
小屋の周辺では、いまも相変わらず、ホートら元帝国兵の一団が交代で警戒に当たっている。
それもあって、この夜、親子三人は、ようやく少し落ち着きを取り戻し、心安らかに眠っていた。
両親の腕のなかで、ユルは、夢を見ていた。
――ユルは、真っ白な綿毛のように柔らかい地面に、ひとり立っていた。
顔をあげれば、視界のかぎり、青い空がどこまでも広がっている。
誰かが呼びかけてきた。
「あなたね? 人の身で、むりやり『システム』に割り込んで、とんでもないバグを誘発したのは」
金色の光だった。
ぼんやりとした光のかたまりが、女性のシルエットをかたどって、ユルの前に、ふわふわ浮かんでいる。
ユルの目には、そういうふうに見えた。
「おねえさん、だれ?」
ユルの問いかけに、光る女性が、小さくため息をついた。
「うまく説明するのは、難しいわね……そう。一応、女神……ということに、なるかしら。本当は、そんな大層なものじゃないんだけど、そのほうが、わかりやすいでしょう」
「めがみ、さま?」
「ええ。わたしは、女神、ルミエル……聞いたことあるかしら?」
「ううん。きいたことない」
「ええ……即答……」
ユルが首を振ると、輝く女性のシルエットが、わずかに肩を落とした。
「時間が経ちすぎて、色々と齟齬が生じているようね……精霊の挙動がおかしくなって、この子の『ステータス』も、あちこちバグっているし。どうしたものかしら」
自称女神が、何を言っているのか、ユルにはよくわからない。
ただ、なんとなく、気落ちしているのは伝わってきた。
励ましてあげよう、とユルは思った。
「めがみさま。げんきだして」
「え、あ、ありがとう……優しい子なのね」
金色の女性……自称女神ルミエルは、ゆったりと、うなずいてみせた。
「この世界の『システム』を司る者として、あなたに、伝えておくことがあるの。私は、そのために来たのよ。聞いてくれる?」
「うん」
素直にうなずくユル。
「あなたの『願い』は、精霊を経由して『彼』の承認を受けています。あなたは自分の魂を『彼』に捧げ、『彼』と運命をともにする『パートナー』となりました」
「パートナー?」
「ええ。現在、精霊の力によって、すでにあなたの肉体と精神は不正規ながら『システム』に組み込まれ、『彼』をサポートする機能の一部として扱われています」
「……んー?」
しばし、首をかしげるユル。
やがて何か思い当たったように、微笑んだ。
「そっかー。わたし、あくまさんに、タマシイあげちゃったんだったー」
「思い出しましたか。そういうことです。本来、ただの人間が、原型を保ったまま『システム』に組み込まれるなど、ありえないことなのですが……」
やや物憂げな仕草で告げる女神。
「気まぐれな精霊が、あなたの『願い』を聞き届け、摂理をねじ曲げて『彼』との仲介を行ったようですね。そして『彼』自身もそれを承認した。これによって、取引き……パートナー契約が一応、成立しました。今のあなたは、『彼』に従属する代償として、とても大きな力を身につけています」
「おおきな、ちから?」
「ええ。『彼』を補佐するための力です」
「あくまさんを? わたしが?」
「そう。本来ならばありえない、大きすぎる力です。決して無闇に力を振り回したりしないように、気をつけて。けれど、必要なときには、ためらわずに、その力を使って。あなたの大切な人たちと……『彼』を守るために」
「うん。わかった! おとうさん、おかあさん、むらのみんな。あと、あくまさんも。わたしがまもるよ!」
元気よく応えるユル。
「どうやら、さほど問題なさそうですね。悪性の魂だったらどうしようかと思っていましたが……」
金色の女神は、大きくうなずいた。
「それでは、あなたに『システム』の恩恵を授けましょう――バグってる部分もあるし、よくわからないところもあるでしょうけど、あまり気にしなくていいわ。もう修正もできないし」
ユルは、自分の視界の一部に、変化が生じていることに気付いた。
それまで見えていなかった、様々な「ステータスウィンドウ」や「コマンドアイコン」などが、視界内に浮かびあがっている。
「なにこれ?」
「それが『システム』よ。使いこなしてね。ユル。いずれ、また会いましょう」
優しく微笑む、金色の女神。その姿が次第に薄れ、周囲の情景も急速に漂白されていく。
ユルは、もう夢から覚めかけていた。
視界の左上に浮かぶ、自身のステータスウィンドウ。
その内容は――。
『ユル:人間・LV105』
『職業:魔王・LV100』
『状態:召喚中・信頼度65535』
色々な意味で、ありえない状態を示していた。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
畑の肥料が五十種類以上あるゲームって、なんなの。(LV21ファーマー)
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