ルミエル・クロス・オンライン
いかま
#01 ある夏の一日
祭りは終わった。
仲間たちと過ごした、輝かしき日々。
思い出は、今もこの胸に。
ルミエル・クロス・オンライン。
「優しさ」と「願い」をテーマに、プレイヤーをふんわりと包み込むような、淡いパステルの色調と、美しく穏やかな世界観が魅力のネットワークRPG。
プレイヤー同士の対戦……PKやPvP、GvGなどの殺伐とした要素は一切排除され、プレイヤー同士の交流機能の強化、生産系技能やハウジングの充実、膨大なオシャレアイテムによるアバターのカスタマイズ、AIパートナーキャラ育成などの要素が盛り込まれ、戦闘や探索だけではない様々な遊び方が可能となっていた。
当時のネットゲームは、激しい対人戦闘に特化した対戦型が主流。その状況にあって「ルミエル」独特のテーマと世界観は異彩を放っていた。
癒しに満ちた優しい世界。その快適な居心地に魅了され、戦い疲れた他MMORPGから移住してくるプレイヤーが後を絶たず、最盛期には十数万人ものプレイヤーが「ルミエル」の世界に住み着いていたとされる。
プレイヤーたちは広大な世界を遊び歩き、あるいは住居をかまえ、ガーデニングやオシャレに凝ってみたり、酪農牧畜、冶金鉄工といった生産活動に精を出したり、フレンドやパーティーメンバーたちとの交流を楽しんだりと、おのおの思うままに、この癒しの空間を満喫していた。
しかし何事にも終わりはある。
ある晩夏の一日。ルミエル・クロス・オンラインは、正式サービス開始から十二年三ヶ月というロングラン記録を残して、多くの人々に惜しまれつつ、ついにサービスを終了した。
……はずだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
マンションの一室。
部屋の奥に鎮座するフルタワーPCと大型液晶モニターの前で――。
ひとり「彼」は首をかしげた。
「終わって……ない?」
サービス終了予定時刻を過ぎても、モニターに映し出されている「ルミエル」のゲーム画面に、特に変化は起きていなかった。
「運営さん、少しだけ猶予をくれたってことかな?」
呟きながら「彼」はあらためてモニターを注視する。
画面内では、中央自由都市「エルミポリス」市街の石畳の広場を背景に、無数のプレイヤーアバターとAIパートナーたちがひしめいて、歩いたり手を振ったり踊ったり飛び跳ねたり、賑やかなお祭り騒ぎを繰り広げていた。
ほとんどが少年少女の外見だが、動物型やモンスター型、人型ロボットの姿をしたアバターなども入り混じっている。
サービス終了の時を、皆で過ごそうと、広場に集まっていた数千人ものプレイヤーたちである。
つい今しがたまで、彼らプレイヤーたちの発した、サービス終了を惜しむコメントや、運営や仲間への感謝のコメント、お別れの挨拶コメント、他ゲームでの再集結を呼びかけるクランメッセージなどのテキストが画面内に溢れ返っていたのだが。
ほどなく、それらのテキストは、次第に驚きや不審、疑問を投げかけるものへと変わっていった。
『終了処理に手間取ってる?』
『ひょっとして、終了って、運営が仕掛けた壮大なビックリだった?』
『そんなわけないでしょう』
『この後ってどうなるんだっけ』
『メンテのときと同じでしょ。運営コメが表示されてブラックアウトじゃないの?』
『まだ続いてる! もうこのままずっと続けてよ!』
『ワガママいうなよ……』
それから数時間。
もとより深夜ということもあり、自発的にログアウトするプレイヤーもいたが、多くの人々が、なおゲーム内に居残っていた。
広場で憶測を語りあう者たちや、ひたすら雑談を続ける集団もあれば、ハウジングやガーデニングなどの状況を確認するため持ち家に戻ったり、あるいはフィールドやダンジョンへ向かった者たちもいる。
運営側の事情はわからないが、せっかくなら終了ギリギリまで、楽しめるだけ楽しみたい――そんな心理が、彼らを画面に貼り付かせていたのである。
そうしたプレイヤーたちのなかに「彼」もいた。
ゲーム内でも少数とされる、プレイヤーレベル・職業レベルともに最大まで到達した「攻略派」の一人として、「彼」は、ゲームサーバー内ではそれなりに名を知られた存在だった。
やがて「彼」は、街中の喧騒を横目に、エルミポリスを離れ、フィールドへ出た。北サロニア平原という草原地帯である。
フィールド上は、いつでも晴天。陽光は燦々と地表へ降り注ぎ、緑の草花が微風に揺れている。
(いつ見ても、いいとこだな。ここは)
「彼」は、しばし平原の道に足を止めて、付近を眺めた。
周囲には、いわゆるフィールドモンスターたちが、のんびりと動き回っている。
それらは淡いパステル調の体色に小鳥、兎、狼などをデフォルメした、さながらヌイグルミのような外見で、それぞれ独特のモーションで走ったり転んだり飛び跳ねたりしながら、無邪気にじゃれあっている。「ルミエル」を象徴するような、平穏そのものの情景。
「彼」は、この景色が気に入っていた。
南を仰ぎ見れば、エルミポリスの古い城壁がそびえ、北へ目を転じれば、遥かな地の果て、ラ・ザンへと続く山岳の白い稜線がうっすらと空に浮かび出ている。平原の道には、NPCの商人や旅人が通りかかる。
時折、ぼんやり光るパステルカラーの綿毛の塊のようなものが、いくつか、ふわふわと浮いて、視界を横切ってゆく。「ルミエル」のテーマのひとつでもある「願い」を具現化する根源的存在――精霊たちの姿である。
精霊は世界のいたるところ、どこでも見られるため、珍しいものではないが、プレイヤーが直接触れたり、意思疎通をすることはできない。設定では、人々の「願い」を実際の形へと作り変え、世界を構築する力を持つのだという。
いまも、色とりどりの小さな精霊たちが、ヤタローのすぐそばを、風に吹かれるまま、ゆったり漂い去っていった。
これらの風景こそ「彼」の心を惹きつけてやまない、光と風と緑に満ちた、平和で、暖かな、癒しの世界。
――いつまでも、この景色を見ていたかった。
本心から、そう名残りを惜しみつつ、「彼」は、再び平原の道を移動しはじめる。
目的地は、とある最高難度ダンジョン。
そこには、いまだ攻略できていない、踏破しきれていない場所がある。
サーバーが落ちる瞬間まで、数少ない「攻略派」として、この世界の深奥を目指し続ける……それが「彼」なりの、このゲームにおける一種のロールプレイであり、こだわりでもあった。
『ああ、やっぱり、ヤタローさんだ』
唐突に、画面に新たなウィンドウが開いた。プライベートメッセージを用いて、誰かが「彼」に呼びかけてきたらしい。
ヤタローとは……「彼」のプレイヤーネームである。
アバターの性別は男性。外見は十二歳か十三歳くらいの「
実際に画面に表示されるのは、三頭身半くらいにデフォルメされた3Dモデルのキャラクターで、その時々の髪型、服装、装備品など、こと細かに外見に反映されている。
このとき「ヤタロー」は、武器は持たず、きらびやかな青銀色の胴衣に黒い外套を組み合わせたような防具を装備していた。ゲーム内における魔術師系最上級職業のひとつ「フォースマスター」の専用服である。
ただし、「ヤタロー」はフォースマスターではない……。
『ヤタローさん、一緒に潜りませんか?』
目的のダンジョンは平原の北端。
その入口で「ヤタロー」を出迎えたのは、背に天使のような白い羽を持ち、わずかに地面から離れて、ふわふわと浮遊している、小さな女の子のアバターだった。
『はい、一緒に行きましょう、メクメクさん。たぶん、これで最後でしょうし』
キーボードを叩き、返信を送る「彼」――ヤタロー。
それに応えるように、天使の少女「メクメク」は、ぱたぱたと手を振り、ヤタローのもとへ近寄っていった。
プレイヤー名「メクメク」――ヤタローにとって、もともと数少ない――今となっては唯一残存する「フレンド」である。無論、あくまでゲーム内で「フレンド」登録を交わし、ゲーム内で連絡を取り合っている間柄に過ぎず、互いに現実での面識などは一切ない。
『まだ最後とは限らないですよ? ひょっとしたら明日も』
『だと嬉しいんですが』
サービス終了予定から、すでに四時間以上が経過している。もう深夜を通り越して早朝にさしかかっていたが、それでもゲームは稼動し続けていた。
現在、二人の周囲には、大量のフィールドモンスターが動き回っている。
ただし、自発的にプレイヤーに襲い掛かることはない。プレイヤー側から攻撃を受けた際には反撃してくるが、一定のダメージを受けると逃げてゆく。
無闇な殺生や暴力が描写されないことも、「優しさ」を前面に押し出すこのゲームならではのシステムといえた。
しかし、そんな「ルミエル」にも、例外は設けられている――。
『次元石、持ってます?』
画面に表示されるメッセージに「彼」は素早くタイピングで応える。
『はい。最後の一個です』
『じゃあ、一緒に……』
ダンジョンの出入口にあたる洞窟の前で、少年と天使、二人同時に、どこからか黒い宝玉を取り出し、それを両手で天高く掲げるモーションを取った。
一瞬、周囲の風景がぐにゃりと歪み――。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
カクヨム新人です。まだ慣れませんが宜しくお願いします。
なお次回より、この欄には「ルミエル」プレイヤー迷言集が入ります。
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