第十七話:優しい思い出なんていらない




 昼食を終えた俺たちは水族館のカワウソコーナーに来ていた。

 水族館に来ると決めた時点で凪沙はコツメカワウソとのふれあい体験と記念撮影をネットで予約していたらしい。アトラクションが休憩を挟みつつだったこともあって、ご飯を終えてすぐのタイミングで予約した時間になってくれた。


 イベントが始まった今、カワウソが水槽に設置された小さな穴から手を出して参加者と触れ合ったり、二つの水槽を繋ぐネットをせわしく行き来したりしている。ネットの通路内にカワウソがいれば下からもその手に触れられるようだ。


 水槽の前に歩み寄って穴の前にしゃがんだ凪沙はそこに指を伸ばした。すると穴の正面にカワウソが走り寄ってきて手を出すとハイタッチするように彼女の指に触れた。その仕草に凪沙は微笑んでいる。

 俺もその隣に座る。


「カワウソ、好きなんだ」


「特別好きってわけではないけれど、可愛いから見ていて癒やされるの」


「なら好きって言ってもいいんじゃない?」


「可愛いと思っているだけで好きって言うのはカワウソに失礼じゃない?」


「そんな深く考えなくてもいいと思うけど」


 相手は人じゃなくて観賞用のカワウソなんだから、カワウソの気持ちまで考える必要は無いと思えた。けれど『人形』なんて概念を持っている凪沙だから気持ちの線引きはちゃんとしたいのかもしれない。


 ただ、好きではない、という答えは予想通りでもあった。

 これまでの凪沙との会話を通してずっと気になっていることがあったからだ。


「凪沙には好きなものってあるの?」


 今まで好きなものを聞いてきた時、好きと明確に言ったものはなかった。

 図書室で杜子春を好きかと聞いた時にはあくまでお気に入りと言って、好きな映画のジャンルを聞いた時もないと即答した。好きな食べ物を聞いたときもその場で探すようにしてクッキーにたどり着きながら「きっと好きな方だと思う」と好きだと言い切ることはしなかった。


 そして今も理由をつけてカワウソを好きだとは言わない。

 嫌いなものばかりすぐに出てくる割に一度も好きという表現を凪沙は使っていなかった。それはとても歪に感じる。いくら凪沙がこの世界に居場所がないと思っていても、そんな中にも好きなものの一つくらいはあってもいいはずだ。


「ないわ」


 カワウソに指先を触れられながら、凪沙は短く言って続けた。


「でもカレーは好きって言ってもいいのかもしれない。いいえ、きっとなれるわ」


「それでもまだ好きではないの?」


「そうね。まだ好きにはなれないの」


「どうすれば凪沙はカレーが好きになれるの?」


 凪沙は穴から指を離して横にずれた。


「史仁君が私の全てを知ってくれたら、かしらね。それより史仁君もカワウソと触れ合ってみて。せっかくなんだから」


「……そうだね」


 話をはぐらかされて不満はあったけれど、俺に考えろと言った項目である以上ここで突っ込んだところで話は先に進まない事は分かったいた。

 諦めて凪沙のよけた穴に指を伸ばすと彼女の時と同じように走ってきたカワウソは片手を伸ばして俺の指先に触れてきた。ふにゃっとした柔らかい感覚が指先を包んだ。

 包んだ?


「もしかして今、掴まれてる?」


 横を見ると「みたい」と凪沙は頷いた。

 試しに少し指を引いてもカワウソは掴んだまま離さなかった。ハイタッチではなくて片手で器用に握手しているみたいに握られている。


「史仁君、よっぽど好かれたみたいね」


「餌と間違えられているだけなのかも」


「そんなことないよ。この子の目、クリクリしているもの。少なくとも餌に向ける目じゃないわ」


「そんな判断基準で良いのか」


「もしかしたら仲間だと思われているのかもしれないわね。史仁君とカワウソ、少し似ているから」


「そう?」


 凪沙は俺とカワウソを交互に見てクスクスと笑った。

 似てるのかと指を握ったままのカワウソを見ると、向こうも俺の方をジッと見ていた。掴んでいる指ではなくて俺の顔を見てくる。試しに指を穴ギリギリまで近づけてみると引き込もうとするみたいにグッと力を入れられた気がした。逆に引っ張ってみると腕を目一杯穴に入れて掴んだままでいようとしている。巣穴に引き込もうとしているように見えなくもない。


 そんなカワウソに愛着を感じつつもずっとここにいるわけにも行かない。ごめんなと言いながら指を離すと、キューキュー鳴かれてしまった。なんとも言えない申し訳なさが芽生える。


「もっと握らせてあげてもよかったのに」


「写真も時間内に撮らなきゃいけないなら先にそっち行った方がいいだろ」


「それもそうね」


 頷いた凪沙と撮影コーナーへと進む。そこではカワウソの口を模したプレートを自分の口元にあてながら、カワウソを肩に乗せて写真を撮ってもらえるという。


 俺たちと同じように学生や、家族、カップルがスタッフの指示に従いながら列に並び、同時に三組まで別々に写真を撮られていく。躾が上手いのかはたまたイベントに慣れているのか、カワウソは大人しく客の肩に座ってカメラに目線を向けている。時々手を上げてポーズを取る辺りサービス精神も旺盛だった。


「そこまで好きでもないのにどうしてカワウソのイベントを選んだの?」


 列に並んで待ちながら問いかけた。イベントなら他にもやっている。ペンギンやカピバラなど他の動物との触れ合いや餌やり体験もあった。その中であえてカワウソを選んだ理由は何かあるように思えた。

 凪沙は撮影を楽しむ他の客を眺めながら言った。


「この水族館の中で一番人気だったから。それだけよ」


「遊園地にいる時もそう言っていたけど、凪沙にとっては人気があることに意味があるんだな」


「そうね。人気ということはそれだけ多くの人がやっていることだもの」


「そんなに多くの人がやることを真似するのが重要か?」


「真似」


 凪沙は呟いて静かに笑った。


「そうね、確かに私はできるだけ多くの人がやっていることを真似しようとしている。けれど真似することが目的ではないわ。あくまでそれは手段」


「手段……」


「そう。だから真似すること自体はそこまで重要じゃない。一番やりたいことにむいていると思っただけよ」


 今までやってきた「やりたいこと」を思い出す。映画とその後のカフェ、花火、料理と食事、そして今日水族館と遊園地に来たこと。思えばそれらも多くの人がやっていることには該当した。


 その動きを真似して……沿った行動をして凪沙は何かを成し遂げようとしている。果たしてそれはなんだ。他人と同じ事をすることで一体なにになるというのだろうか。


 他に共通点はないのだろうか。

 その時々で凪沙と交わした言葉を頭の中で並べていく。

 何かが引っかかっている。カフェで映画の感想を話し合っていた時、花火が終わった後の空を見上げた時、料理中に不機嫌になった時、遊園地に来た直後に何に乗ろうか話していた時、その全てで何か同じ事を言われた気がする。


 本当に些細な、短い単語が記憶と意識の狭間に引っかかっている。共通するものがなんなのか分からないのに確かに存在しているということだけは分かっている気持ち悪さ。ここまで厳格に感じたのは初めてだった。


「次の方、そこの若いお二方、こちらへどうぞ」


 軽快な声に呼ばれた。カワウソの写真慣れと三組ずつ裁いていったこともあってか順番はすぐに回ってきたようだ。止むなく思考を打ち切って呼ばれた方へと進む。


「はい、じゃあ彼氏さんはこっちで彼女さんはその隣に座ってくださいね。お二人、どちらの肩にお乗せしますか?」


 あからさまな勘違いをしたスタッフのにこやかな指示に従って二つ近くに並んだ椅子に座った俺は右の凪沙の方を見た。


「せっかくなら凪沙が乗せてもらいなよ」


「そうね、史仁君がいいならそうさせてもらおうかしら」


 少し嬉しそうに凪沙が目を細めた。

 口元のプレートを渡してくれたスタッフに凪沙がカメラのアプリを起動したスマホを渡すと、別のスタッフが抱いたカワウソを凪沙の肩に乗せた。


 しばらくはその肩に乗っていたカワウソは、いざ写真を撮ろうとした瞬間に凪沙の腕を滑り降りて俺の方に飛び移ってくると太腿に立って顔を見上げてきた。

 突然の動きに慌てた俺に、スタッフが「すみません」と笑いながらカワウソを抱いて凪沙の肩に乗せ直す。しかし今度は止まることなくすぐに俺の方に飛び移ってきた。


 何度か繰り返してもカワウソは執拗に俺の方にすり寄ってきてしまう。なんとかしようとしてくれたのか、別のカワウソを連れてきて凪沙の肩に乗せるもなぜか俺の方に近寄ってきてしまう。そんな様子にとうとう「彼氏さんの肩でもいいですか?」申し訳なさそうにスタッフが言ってきた。


「まぁ俺はいいけど凪沙は?」


「史仁君ばかりずるいわね」


「こればかりは仕方ないだろ」


「分かってるわ、冗談よ」


 笑った凪沙は「でも」と椅子を動かしてピッタリと肩をくっつけてきた。


「これくらいは許してくれる?」


「うん、いいよ」


 綺麗な彼女の顔がすぐ真横にある。これなら俺の肩に乗っていても近くにカワウソを感じられる。そういうことだろう。

 俺の肩に座るとカワウソも落ち着いたのか、前足で俺の頬に触れながらカメラに目を向けてくれた。今度こそ凪沙と口元に仮面を当てて写真を撮ってもらった。


「申し訳ありませんでした。でも、こんなにカワウソに好かれる人は珍しいんですよ。それにピィちゃんだけでなくケイ君もなんて初めてで」


 凪沙のスマホを返してもらいながら言われた。今日俺たちの撮影に付き合ってくれたカワウソはピィちゃんとケイ君と言うらしい。


「やっぱり似ているから仲間だって思われたのかもしれないわね」


 撮ってもらったばかりの写真を画面に映して見せてきた。カワウソの口の形になった俺と凪沙、その間に俺の耳を摘まみながらカメラを見つめるケイ君。

 しっかり見てみても並んでいる俺とケイ君は似ているようには思えない。強いて言うならケイ君に懐かれた分、普通にカワウソとの交流を楽しんでいるようには見えるくらいだ。


「それにしても史仁君、少しも意識してくれないのね」


「ん? なにが?」


「ピッタリくっついたのに」


「あぁ」


 写真の中の俺たちは肩が触れていて互いの顔はそれこそカワウソ一匹分の間しか離れていなかった。


「意識した方がよかった?」


「そういうわけではないけれど、こういう時普通は意識してくれるものだと思っていたから」


「今日は散々腕掴まれていたからな、それで慣れたんだろ」


「それはもう言わないで」


 ムスッとしながら凪沙は写真を俺のスマホに送ってきた。

 軽口を叩いてはみたけれど全く意識しなかったわけじゃない。ただ、意識の中にある年の差が落ち着かせてくれていただけだ。いくら凪沙が大人びていて、同級生と比べた時に際立って綺麗だったとしてもそれだけで十三歳という差は埋まらない。


 それに凪沙相手にそんな甘酸っぱい感覚、俺が抱いていいものでもない。今更そんな風に彼女を見ることは許されないという自意識も働いて一層気持ちは冷えてくれていた。


 というかそれをいうなら凪沙だって意識の欠片もしていなさそうだったろ。そう思いながら見た写真の中の凪沙だけ口元に付けるはずのプレートの位置がやけに高かった。






 俺たちを乗せたクルーズ船は夕日に包まれながら島の周りをゆっくりと進んでいく。二十五人ほどが定員の舟は最終便のためか俺たち含めても十人程度しか乗っていなかった。冷たくなった潮風が身体を撫でつけて抜けていく。こうも肌寒くなってくると人が少なくなるのは無理もない。


 暗くなった今の時間、島内のアトラクションはライトアップされていて昼とはまた違う景色を作り出していた。特に絶叫系のマシンは車両も光っており、めまぐるしく光が飛び交う様子はなかなか派手で外から観る分には綺麗だった。


「史仁君、今日はありがとう」


 立ってその景色を眺めながら凪沙が言った。


「初めてのことが多かったからとても楽しかったよ」


「そっか。ならよかったよ」


 ケイ君こと、カワウソと写真を撮り終えた後は、水族館の中を見て回った。巨大な水槽を往復で泳ぐシロクマを眺めたり、マイワシの大群が作る銀色のカーテン模様に目を奪われたり、緩慢な動きのマダコに苦笑しながらたこ焼きのことを思い出したりとごく普通の楽しみ方に凪沙はいちいち感動して回った。


 その様子に微笑ましくなりながら、だからこそ今までの話の中で共通していたことを思い出せた。

 その共通点とさっき教えてもらったことを繋げて考えていくと俺はやりたいことに関して二つの答えに行き着いていた。

 

 ただ、その答えはどちらも正しいようには思えなかった。いや、考えてもいないことが出てきたと言うべきか。胸の底に沈む同情がその答えを導いてしまったのかもしれない。その予想は外れて欲しいと切に願っているくらいだ。


「史仁君は好きな人、いるの?」


 唐突な問いは凪沙らしくない女子高生らしいものだった。ギチリ、と胸の中で軋む音がした。

 混沌としていく頭では「いないよ」と答えるのにも少し間ができた。おかげで意味もなくフォローを入れなくてはならなくなる。


「いたらこうして凪沙と一緒にはいないから」


「そう。それはよかった」


 やはり凪沙らしくない返事に「どうして?」と今度は間髪入れずに言い返す。

 凪沙は安堵したように「だって」と口を開いた。


「もし史仁君に好きな人がいたら、その人のために使える時間を私が奪ってしまっている事になるでしょう?」


「仮にそうだとしてもそれは凪沙の心配する事じゃないよ。凪沙の事を知りたいって言ったのは俺の方なんだから」


「でも、史仁君は私の事は好きじゃないのよね」


「そうだね、好きになれない」


 なっていいわけがない。


「そう。私も同じね」


 色を変えて光るアトラクションを眺めながら頷いた凪沙の声は潮風にかき消されそうだった。辛うじて届いた声は寂しげに聞こえた。


「でも、それでもこうして史仁君と楽しい時間を過ごせるならこれはこれでいいのかもしれないと思うようにもなれたわ」


「……そっか」


 あの入月凪沙にそんな風に思ってもらえるのはどれだけ幸せ者なのだろうか。きっと普通の男子高校生なら素直に喜べたのかもしれない。

 けれど俺にとってそれは死への想いを揺るがしかねない悪魔の囁きでしかなくて、とても耳を貸せるものではなかった。それにその言い方で外れて欲しいと思う予想の方が正しい可能性が高くなったことが残念に思えていた。


 そんな凪沙の気持ちの吐露を前に、俺は嫌な気持ちになりたかった。こんな優しい気持ちのままいたくはなかった。そんな気持ちが切り出させる。


「凪沙のやりたいことって未練を残さないようにすることなの?」


「……史仁君にはそう見える?」


「見えないから聞いたんだよ」


 聞いてきた凪沙は俺の方を向かなかった。俺もまた凪沙の方を向かずに言い返した。

 やりたいことに共通していることはその全てが「初めて」だということだった。多くの人が行い、楽しんでいるにもかかわらず自分は一度もやったことがないことを死ぬ前に一つ一つやっていく。それはこの世に残す未練を減らそうという努力にも思えて凪沙の言う「やりたいこと」の答えの一つだと考えられた。


 けれど今日、ただ純粋に楽しんでいたような凪沙を観ていると間違っているとしか思えなかった。

 いや最初からそうだった。映画を観ること自体はどうでもいい言いながら茅峰梓には生きていて欲しいと語ったことも、花火が綺麗だと思えてよかったという気持ちも、カレーを好きになれそうだという感情も、未練をなくそうとして得られた結果としては何か噛合わない気しかしなかった。


 そしてつい今、こんな楽しい時間を過ごせるならそれでいいのかもしれないと、凪沙はそう言った。むしろそれは逆に未練になってしまうのではないか。

 だから俺には凪沙のやりたいことが、未練を残さないための行動じゃないということくらいは分かっていた。


 でも、だけれどそれが凪沙のやりたいことであって欲しかった。そうじゃないと俺は何もかもを否定しなきゃいけなくなるかもしれない。今まで自分がやってきたこと全てを、俺が後少しでも生きようと思えた気持ちを、そして目の前にいる凪沙の存在を。


 だから、そうしないために俺は問いかける。


 その問いが楽しそうにしていた凪沙の顔を曇らせることになっても、今日一日の楽しい記憶が塗りつぶされてしまうことになっても、問いかけなきゃいけなかった。


「凪沙は、自殺するつもりなんだよな?」


 凪沙は顔をこわばらせて小さな口を震わせた。横から見ても分かるくらい、痛みに耐えるように顔をしかめて奥歯を噛みしめていた。

 そしてポツリと小さな声で、冷たい波に溶けるような声で呟いた。


「止めて。今は、今だけはその話はしないで」


「……ごめん、少し気になったから」


「今の史仁君には聞かれたくなかった」


 泣きそうにすら見えた横顔に、俺はもう何も聞けなくなった。

 でもこれでよかった。


 死ぬという目的を結末に見ている以上、楽しいまま終わるだなんてあってはいけない。そのまま嬉しい記憶だけを家に持ち帰るだなんて耐えられなかった。そんなことをしてしまったらきっと俺はブレてしまう。沸いてしまった同情とそれによって引きずり出されそうな想いに押し流されてしまう。


 湯船にコップ一杯のインクをぶちまけたみたいに、一気に苦みが胸の中に広がっていく。

 その苦みが俺に安心感を与えてくれる。そう信じて噛みしめた。





 交わせる言葉をなくした俺たちは、降り場に着いたクルーズ船を後にしてそのまま帰途への最寄り駅に向かった。

 当駅が始発となる電車に乗り込んで並んで座ると、凪沙はすぐにうつらうつらし始めた。


「寝ていてもいいよ、着いたら起こすから」


 ようやく出せた声で言うと「そう……」凪沙は小さく呟くように言ってそのまま意識を手放したらしく寄りかかってきた。

 その寝顔を見ると改めてただの子供なのだと思った。死ぬ事なんて考えてもいないような、ごく普通の遊び疲れた女の子にしか見えなかった。


「……本当は生きるつもりなのか?」


 細い寝息を立てる顔に囁いてみた。返事がくることはなかった。小さく胸と肩を上下させるだけで、長い睫に覆われた瞼は開かない。


 俺がどれだけ頭と心をかき乱されているかも知らないでお気楽なものだと言いたくなりながら、その原因をこの少女に押しつけようとしている自分に忌避感を覚える。

 幼く見える顔を眺めながらため息を吐いた。その無防備な顔こそが、彼女の「やりたいこと」は生きるためにやっているのだという二つ目の予想が当たっているのだと物語っている気がした。


 それは俺にとって酷い言い方最悪な結論だった。彼女が死ぬという結果があるからこそ追い求めていたのに凪沙はその道を外れようとしている。その理由はなぜだろうか。何があって凪沙は死ぬというゴールから生きる道へと行き先を変えてしまったのだろうか。考えずとも予想は出来る。


 俺たちが死んだ時間と今回の時間との決定的な差、それは俺との関わり以外にはないはずだ。自分が死にたいからと死ぬはずの凪沙に近づいた結果、彼女は死ぬのを止めようとしている。皮肉にもほどがあった。


 でも一体俺はどうすればいいのだろう。凪沙が死なないというなら、俺は死ぬことができるのだろうか。


 底知れぬ嫌な予感が腹の奥底からジワジワと湧き始めた。



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