5.妹は学び成長する
「そうか。伯爵家のレイラ嬢だね」
「わわわ、そうではありませんわ!これは私が読みたくて買った御本ですの!」
「お義兄さまはね、次期当主としてこの家で誰が何を買ったかをすべて把握しているんだよ?」
「そんなっ!じゃあ私がこっそり買って貰ったお菓子のことも……?」
「まぁ、シャーリー。隠し事はいけないわ。ごめんなさいをしましょうね。うふふ。お菓子を買って貰ったなんて。なんて可愛い隠し事かしら」
控えるアルマが固く目を閉じているのは、酷い目で公爵令息を見詰めてしまう自信があるからだ。
「お姉さま、やっぱりこの人は悪──っ!」
顔を覗かせ指さそうとしたとき、シャーリーは見ないことで幸せでいられることもあるのだと幼くして学んだのだった。
だから急いで姉の胸で顔を隠す。
「まぁ、そんなに怯えなくても大丈夫よ、シャーリー。わたくしも一緒に謝りますからね。ごめんなさい、ジークさま。シャーリーが隠し事をしたのも、わたくしのせいですの。実はわたくしも幼い頃にはお菓子をこっそり買って来てとアルマにお願いしたこともありましたのよ。だからわたくしが立派に姉としての姿を見せられていなかったことが原因だと思いますわ」
「嫌だな、リリー。私が怒っているように見えるかい?私だってそんな可愛い隠し事で幼い子を叱ったりしないよ。君の大事な妹が相手ならばなおのことだ」
「うふふ。そうでしたわ。ジークさまはいつも優しい人ですもの。常日頃からシャーリーにもよくして頂いて姉として心から感謝いたしますわ」
「お礼など要らないさ。君が喜んでくれるならば、私にとってこれ以上の幸せはないからね」
「うふふ。ではジークさま。一緒にこの物語の役目を果たして、もっと幸せになりませんこと?」
「……君がそう願うならば」
「まぁ、嬉しいわ。わたくしが悪女になれば、シャーリーは幸せになれるそうなんですの。だけれども、どうも挿絵のようには上手くまいりませんの。わたくしが悪女になれるようご指導くださる?」
悪魔をお遊びに誘い始めた姉を止めたいシャーリーであったが、もう悪魔に意見出来る体力が残ってはいなかった。
姉の温もりに包まれて、優しい声に癒されて、今度こそシャーリーの瞼が落ちていく。
「それなら君はすでに悪女かもしれないよ?」
「まぁ、本当ですの?」
「あぁ、君はいつだって私を虜にする悪女だ」
「嫌ですわ。ジークさまったら。ご冗談を」
「君こそ嫌だな。私はいつも本気だよ?リリー、今日も愛している」
「まぁ!」
なんだか胃がむかむかしてきたもののまだ理由が分からなかったシャーリーは、必死に大好きな姉の胸に顔を埋めて不快感を消そうと試みた。
そうしていつかの記憶は途切れる。
しかしシャーリーはこの日のことを忘れていなかった。
義兄が怖ろしくなったシャーリーは彼を見ると逃げ出すようになってしまい、このままでは姉に気付かれるという寸前で、手を差し伸べたのが姉の侍女であるアルマだ。
シャーリーはそれからアルマの助言をよく聞くように変わった。
さらにアルマの妹でありシャーリーの専属侍女となっていたエルマについても、口煩いところがあって苦手とし、お遊びの時間には遠ざけてきたものだが、その態度を改めた。
一人で読書をする時間にもエルマを常に側に置くように変わったのだ。
これもお勉強の成果だとリリーベルは姉として大層喜んでいたのだが……。
「悪魔ではなかったのよ。当時はまだ言葉を知らなかったけれど、あれは魔王ね──」
侯爵家の庭園の四阿で寛いでいた侯爵令嬢は、すっかり大人びた女性の声でそう言った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます