Armed body, Naked heart
神在月ユウ
Episode1
プロローグ
都内の路地裏である。日は高いが人気はなく、都会の喧騒とは無縁の江東区の一角でのこと。
やや薄暗く、湿気を帯びた空間は、どこか不愉快な風が肌を撫でていく。もう十月だというのに、変な生暖かささえ感じるほどだ。
だというのに、和也を囲む男たちは無表情に、サングラス越しに視線を固定していた。
その数は三人。皆身長一八〇センチを優に超える、ジャケットの下に鍛え抜かれた肉体を隠す巨漢である。それに対し、和也の背丈は日本人の平均をやや下回り、幼さを残す面貌は、未成年であることを如実に語っている。普通に考えれば、和也にとって悲観的状況である。
「SFTの人間か?」
和也は男たちを順に眺めながら問いかけた。
「それともKDI?まさか、CTVじゃないよな?」
思い浮かぶ限りの〝敵〟の組織を口にしながら、和也は男たちの正体に考えを巡らせる。
しかし、男たちはそれを許さなかった。三人が一斉に襲い掛かってきたせいだ。
和也は舌打ちしながら応戦する。
大振りな上段からのパンチに対して、身を低くして回避し、達也は一瞬で間合いを詰める。そこから男の顎目掛けてアッパーカットを打ち込む。低い体勢から一気に体を伸ばしたことで全身のバネを利用した急所攻撃。幼少時から極真空手に加えてキックボクシングを続けている和也の一撃は、常人にとっては凶器に等しい。
ガンッ、とクリティカルヒットの音。
だというのに、男は何事もなかったかのように和也を見下ろし、膝蹴り。和也が一瞬宙に浮くと、その腕を掴んで放り投げた。
そこで、別の男が和也をキャッチし、壁に向かって投げ飛ばした。
ボォン―――!!
和也が激突した壁に罅が入り、放射状に広がった。まるでクレーターのようだ。
「……くっ、やっぱり、真っ当な人間、じゃないか……」
咳き込みながら、和也は立ち上がった。
そして、青いベルトを取り出した。スナップを利かせて腰に巻くと、懐からカードを取り出す。プラスチック製に見える、薄くて白いカードだった。
「ターンアップ」
呟きながら、カードをバックルのスリットに通し、読み込ませる。
『Turn up. Complete.』
電子音声が発せられ、カードは空気に溶けるように、サァー、と消えていった。
『MAZ-System, starting up. Schwert form open.』
和也の体が、金属と思われる青い装甲に覆われていく。白いラインの入った胸部に、鋭角的な肩部。左腰部には十センチ四方のツールボックスがある。頭部には顔が隠れるほどの大きなゴーグルに、右側頭部には白いヘッドギアユニットが装備されている。
最後に、右手に鈍色の、八〇センチほどの剣が現れた。
『Tension Sword, activate.』
両刃の剣は細かく波打っていて、柄は装甲の色と同じく青い。
フランベルジュ型の剣を、和也は構えた。
と思った瞬間、すでにその姿は消えていた。
周りの男たちが気づいたときには、すでに一人の男の首が飛び、噴水のごとき血流を巻き上げていた。
男たちは一瞬身じろぎしたが、すぐに和也へ立ち向かう。
和也はベルトに付けられたツールボックスからカードを取り出し、バックルに挿入する。
『Hammer form open. Ratchet Hammer, activate.』
装甲の色が青から黒に変化し、右手に握られていた剣が消え、それと入れ替わりに身の丈に近い大槌が現れた。
横薙ぎに振るうと、突進してきた一人が弾き飛ばされ、さっきの和也と同じように壁に激突し、放射状の亀裂に埋もれた。
和也が振り抜いたハンマーの隙をつくように、もう一人の男が肉薄する。振り抜いたせいで元に戻すのが難しい状態のハンマーだったが、和也は左手だけで大質量を保持し、右手で男の首を鷲掴みにした。男は当然のように抵抗し、太い腕や脚を用いて和也に殴りかかる。しかし、鈍い音を立てるばかりで、超然と直立する和也には一切ダメージが通っていなかった。
和也は右手に力を込めた。ギリギリと絞まっていく男の首。もがいても抜け出せず、バタつくばかり。
そこから大きく腕を振り、男を地面に叩きつける。和也はそこまでしてやっと手を離した。その上から、上段に構えなおしたハンマーを、和也は振り下ろした。
ドグシャリ――
肋骨、胸骨、頭蓋骨と、上半身の内臓を保護する骨が一瞬で砕け、内容物が地面や壁に幾何学模様を描いた。
和也は顔を下から横に向ける。
視線の先には、壁に叩きつけられた後に起き上がろうとするも、それができずにいる満身創痍の男が一人。
男は震えながらパクパクと口を動かしているものの、言葉を発してはいない。いや、発せないのかもしれない。
「なるほど。SFTか。それだけわかれば用はない」
和也は新たなカードを取り出し、バックルへ。
『Gewehr form open. Cramp Gun, activate.』
装甲が緑色へと変わり、大槌の代わりに大型拳銃が現れた。拳銃はその大きさに対して銃口が大きすぎる。銃ではなく砲と呼んでも差し支えないかもしれない。
和也は左足で男の肩口を踏みつけ、銃口を胸に向けた。
男が声にならない声を上げ、周囲を見回す。
首を切り落とされた男、上半身を潰された男と視線を巡らせ、最後に自分に向けられた拳銃を見た。
これが常人であれば、みっともなく泣き叫び、命乞いし、己の生を渇望したことだろう。だが、地に臥す男はただ暴れるばかりで、サングラスのせいで喜怒哀楽の感情があるのかも確認することができない。
「消えろ」
和也はトリガーを引いた。
特製の一六.七ミリ弾が、男の体を轟音と共に蹂躙していく。
対物ライフルの一二.七ミリ弾よりも大きな直径の銃弾は、命中する度に男の体を破裂させ、和也の顔や体に返り血を貼り付ける。弾ける度に体がビクリと跳ね上がり、男の表情が阿鼻叫喚の体を見せる。構わず和也はトリガーを引き続け、弾倉が空になるまで射撃をやめなかった。
最後には、硝煙と血煙漂う中、腹部が欠損した死体が一体出来上がった。
三つの死体を眺めながら、いつも通り、和也は背を向け、歩き出した。どうせ得られる情報など高が知れている。だから、早々に始末させてもらったに過ぎない。
いつまでも同じ場所に留まっている理由はない。
和也は新たなカードをベルトのバックルに滑らせた。
『MAZ-2A1, activate.』
すると、漆黒のバイクが何もない空間から現れた。
かなり大型のバイクで、縦三メートル、横幅も一メートルに届きそうだ。
和也は四九〇キロワットのパワーを誇るモンスターマシンに騎乗し、走り出した。
彼の名は
MTT-エンジニアリング&システム―――通称MES所属、既存概念に終焉を齎した機械化歩兵、Termination of law Fighter(通称
彼の使命は一つ。
MESの地位を守り、それを脅かす存在を排除することである。
これは、MESの松井和也が数々の敵と戦い、傷付け、傷付けられる、戦場の物語である。
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