第35話 薬
「お前も吸うか」
「えっ」
美由香が何を思ったか、急に私にタバコを差し出した。
「・・・」
私は迷ったが、この時、不思議となんだか吸ってみたい気がした。前回あれだけ痛い目に合っていたのに不思議だった。
私は、美由香の差し出すタバコを一本取った。そして、口に咥える。すると、すぐに真紀が、持っていた百円ライターの火をつけて差し出してくれた。私はそれに、顔を近づける。
火がついた。私は恐る恐る煙を吸い込んだ。
「あれっ」
少し、むせたけど、前回のような不快感はなかった。もう一口吸ってみる。やはり、大丈夫だった。
「・・・」
私は、そのままタバコを少しずつだが吸い続けた。決して、おいしいとは思わなかったが、嫌じゃなかった。
「はい」
そこにどこからか缶ビールが回って来た。
「あ、ありがとう・・」
そのビールを渡してくれた女の子は、もちろん全然知らない子だったし、頭を金髪にし、ものすごく軽装で、派手な格好をしていた。こういうタイプの子と口を聞くこと自体初めてだったし、大概こういうタイプの子たちには、疎外されるかバカにされるかいじめられるか、とにかくろくな対応をされたことはなかった。でも、ここではそういった空気は全然感じなかった。なんだか、病院にいた時のような、居心地のよさを感じた。
「そういえば・・」
そういえば、お寿司を食べて、それで・・。やっぱり過食衝動は起こらなかった。
「・・・」
私はそのことにはたと気づき、驚く。
「あんたもやる?」
「えっ」
突然、声をかけられ私はその方を見る。その子の手には、薬のシートの束が握られていた。
「あたし、そういう知り合いがいるから安く手に入るんだ」
少し得意げにその子は言う。
「・・・」
それがなんのクスリなのか分からなかったが、どういう目的なのかはなんとなく分かった。
ふと、周りを見ると、みんな何やら大量に薬を飲んでいる。その量と勢いが半端ない。何かにとりつかれているようにみんなものすごい勢いで薬の錠剤を次から次と口に放り込み飲み込んでいる。
「何?麻薬?」
私はその子の手に持つ薬のシートを見る。
「ううん、市販薬だよ」
その子は言った。
「市販薬?」
「そう、その辺に売ってる風邪薬」
「風邪薬?」
「そうこれ四十錠くらい飲むと飛べるんだ」
「飛ぶ・・?」
「すっごい気持ちよくなれるんだよ」
「そうなの?」
「あたしは睡眠薬」
すると別の子が自分の持つ薬のシートの束を見せながら言った。
「精神科回って集めたんだ。最近うるさいから、けっこう大変だったんだ」
その子は得意げに話す。
「あたしは咳止め薬」
また別の子が言った。
「咳止め薬はけっこうお金かかるんだけどね」
その子は自嘲気味に笑う。
「そんなんで、気持ちよくなるの?」
私が訊く。
「うん、めっちゃ気持ちよくなるよ。この風邪薬は、覚せい剤とヘロインを同時にやっているみたいになれるんだ」
風邪薬の子が薬のシートを見せながら自慢げに言う。
「へぇ~」
私は全然知らなかった。市販薬でそんなことができるのか。私は、少し興味を持った。
「全部忘れられるんだ」
睡眠薬の子が言った。
「えっ」
私はその子を見る。
「嫌なこと全部」
彼女は、少しうれしそうに言う。
「私なんか、家に帰っても誰もいないし、友だちもいないし、生きてても意味ないし・・」
「そうそう、マジ生きてる意味分かんない」
咳止めの子が言った。
「・・・」
私も生きている意味なんか分からなかった。こんなに生きていることが辛いのに、何で生きているんだろう。それを思わない日はなかった。
「あたしマンションの八階から飛び降りたことあるんだ」
風邪薬の子が突然言った。
「えっ」
私は驚く。
「でも、助かっちゃった」
その子は、舌を出し自嘲気味に笑う。
「・・・」
笑う話では全然ないが、彼女は軽い感じで笑っている。
「そのマンション十三階だったんだよね」
「・・・」
私は言葉もなかった。しかし、周囲の子たちは笑っている。
「あたしも死のうと思って、睡眠薬とか精神薬無茶苦茶にめっちゃ飲んだけど、助かっちゃった」
別の子が言った。
「私は手首何回も切った」
また別の子が言った。キャミにミニスカートという薄着で剥き出されたその子の手首には無数の切り傷があった。それはもはや傷と呼べるほどのレベルではなく、傷が傷を覆い、年輪を重ねた木肌のように荒々しく盛り上がっていた。
「自分を傷つけてる時だけ、生きてる感じがするんだ。安心するの」
その子は言った。
「・・・」
私も手首を切ろうとしたことがある。その気持ちはすごく分かった。自分を痛めつけている時だけがなんだか救われている気がした。過食嘔吐も、あれは自傷行為なのかもしれない。この時私は思った。
「部屋で一人でいると死にたくなるんだよね。だからここに来るんだ」
また別の子が言った。
「あたしも」
「あたしも」
「あたしも」
「俺も」
それに次々と同調の声が上がる。
「・・・」
みんな寂しいんだ。私だけじゃない。私だけじゃない。なんだか私はうれしかった。
――愛されたかった。誰かから愛されたかった。誰からも愛されたかった。みんなから愛されたかった。ただ、愛されたかった。ずっと、そう思っていた。ずっと、ずっと幼い頃からただそれだけを思っていた――
「これ飲んでみなよ」
風邪薬の子がその自分の持っている風邪薬のシートを一枚私の前に差し出す。
「うん・・」
「酒と一緒に飲むともっと飛べるぜ」
それを見ていた別の子が言った。
「うん・・」
私は迷う。しかし、ふと見ると、美由香、真紀はすでに薬を飲み終わり、トロンとしている。そして、その隣りでは玲子さんまでが飲んでいる。
「・・・」
少し怖かったが、麻薬じゃないし、市販薬だったらなんとなく大丈夫な気がした。私は薬のカプセルをシートから出すと、お酒と一緒に、それを一つ一つ口に入れ飲み込んだ。
「・・・」
そして、私は少しドキドキしながら、自分の体の反応を待った。
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