第34話 ネオンの下
駅裏の歓楽街の外れ、そこは明らかに夜の闇だけではない闇が漂っていた。見るからに絶対によい子は近寄っちゃいけないそんな空気だった。私は怯える。
「大丈夫?」
私は美由香を見る。
「大丈夫だよ」
だが、まったく動じた様子のない美由香は慣れた足取りでどんどんその先へと歩いていく。
「よっ、ねえちゃん、今暇?」
「稼げる仕事あるよ。どお?」
そんな私たちに、次々と怪しげな男たちが声をかけてくる。
「暇じゃない」
「うるさい」
「近寄んな」
だが、美由香はそんな男たちにもまったく怯まない。美由香は堂々と、そんな男たちを軽くあしらい無視し、言い返し、どんどん進んでいく。だが、その後ろをついていく私はやはり、怖かった。
川沿いの大きなネオンの下。都会を流れるどぶ川のほとり、そこは妙に明るい場所だった。繁華街の片隅、都会のエアポケットのようにぽっかりと開いた冷たい寂しさの漂うそこは、この世界の影のような場所だった。そこをビルの壁面に設置された大きな企業広告のコミカルなデザインのキャラクターが大きく画面を覆うネオンが、チカチカと妙に明るく照らし出す。
「おう、美由香じゃねぇか」
「おうっ」
「あっ、美由香」
「よっ」
「久しぶり」
「ああ」
そこには私たちと同い年くらいの若者がたむろするように集まっていた。その子たちが美由香を見つけると次々声をかけてくる。
「ほんと久しぶり、元気だった?」
「ああ、元気だぜ」
美由香はなぜかここで大分顔らしかった。
「何ここ?」
私が美由香を見る。
「ラリラリするとこさ」
「えっ」
戸惑う私を置いて、美由香はそんな若者たちの輪の中に入って行く。
「・・・」
私たちもなんとなくそれに続き、その輪の中に座り込む。
「・・・」
ここは一体・・。そこには様々な格好をした、中学生くらいに見える子など、若者を中心にした様々な年齢の男女がいた。
「どうしたんだよ。美由香。精神病院に入院したって聞いたぜ」
頭を金髪にし、スーパーサイヤ人みたいに全体を上に立て上げた男の子が美由香を見る。
「そこから脱走して来たんだよ」
美由香が言った。
「マジ?」
「マジ」
「カッコええ」
別の鼻にピアスをした女の子が興奮気味に言った。
「だろ?」
美由香がその子を見る。
「マジいいじゃんそれ。カッコいい」
他の若者からも絶賛の声が上がる。
「こいつら仲間」
そこで、美由香は私たちを仲間に紹介する。
「へぇ~」
みんな私たちを見る。それはどこか尊敬のまなざしだった。精神病者であることで人から変な目で見られることはあれど、こんな目で見られることなど初めてだった。ここでは価値観が逆転しているらしい。これも初めての経験だった。
「私も昔精神病院に入院してたんだ」
その時、突然、私の隣りに座っていた子が話しかけてきた。
「えっ、そうなの」
私はその子を見る。
「うん」
「・・・」
全然そんな風には見えない、むしろ、元気そうな普通の女の子だった。髪の毛の色はピンク色だったが。
「私は親に、病院に捨てられたの」
その子は、悲しげな表情でぼそりと言った。
「強制入院よ。私全然病気なんかじゃないのに。ほんとよ」
私よりも年下かもしれないと思わせるまだ幼さの残るその少女が私を見る。
「引きこもり気味で、学校にも行かないし、家でめんどくさい子だからって、児童相談所と親が結託して、引き出し屋って、そういう業者を雇って、私を精神病院に強制連行して押し込めたのよ。措置入院とかいって、親の同意があればそれができちゃうのよ。合法的に」
「・・・」
私も似たような形だった。私は少し驚く。
「家に突然、見知らぬ大人たちが大勢来て、私、嫌だってものすごく抵抗したのに、無理やり車に押し込められて、そのまま精神病院に強制入院。出してって何度も頼んだけど、でもダメだった。あなたは病気で、措置入院は法律で認められているってその一点張り。私の話なんか何にも聞いてくれなかった」
「・・・」
私の場合は素直に従ったが、やはり、私の場合とすごく似ている。
「私、ほんとに病気なんかじゃないのよ」
少女は私に訴えかけるように私を見てくる。
「精神病なんて、医者が病気って言っちゃえば誰でも病人にすることができるのよ。いきなり、ろくな診察もないのに、あなたは人格障害だとか不安症害だとか言って、そのまま保護室に監禁されて、暴れたり、叫んだら薬打たれて、何もできなくなって・・」
「不安だとか、性格におかしなとこなんて誰にだってあるじゃない。それに、そんなの、そんな理不尽なことされたら誰だって叫ぶじゃない。出してって言うじゃない。でもそれが、精神病院だと全部病気の症状にされちゃう。もう話になんないの」
「・・・」
「ほんと、最低だった・・」
その子は泣き出した。
「隙を見て、何とか病院からは脱走したけど、でも、今は家にも帰れないし・・、行くとこもないし・・」
「・・・」
私も乏しい経験の中で様々病院内で精神病患者を見てきて、自分の病気に自覚のない人は多く、私は病気じゃないと言う子は多かった。だから、俄かには信じられなかったけど、でも、確かにこの子は普通の子の感じがした。
「私は捨てられたの」
少女は今度はものすごい形相で言った。
「許さないわ」
そして、また泣き出した。
「殺してやる」
泣きながら顔を体育座りの膝に埋めるようにしてその子は言った。
「絶対に殺してやるわ。親も私を無理やり精神病院に入れた連中も」
「・・・」
「ここから出たら絶対に訴えてやるわ。親も児相も引き出し屋もあの病院も。絶対に訴えてやるわ。うううっ」
「・・・」
この子が本当に病気かどうかは私には分からなかったが、しかし、精神病院に入れられたことで、この子がとても深く傷ついたことだけは確かだった。
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