第28話 辿り着いた場所で
松ぼっくりミニサッカーは意外と長く続いていた。
しかし、その終わりは突然やって来た。真紀の前に転がっていった松ぼっくりを、何を思ったか、真紀が力を込め、思いっきり足を振りぬき蹴った。すると、それは思いのほかクリンヒットし、しかも、松ぼっくりは珍しくまっすぐ勢いよく飛んでいき、さらに、その先には側溝があった。
「あっ」
と、みんなが思ったと時にはすでに遅かった。松ぼっくりはそのまま道の脇のその側溝に吸い込まれるように落ちてしまった。
「あ~あ」
美由香が言った。
みんなでそこまで行って側溝の中を覗き込む。
「こりゃダメだな」
美由香が言った。中は深く、しかも、泥と落ち葉に埋もれていた。救出は無理だった。
「・・・」
私たちは諦めた。
私たちは、しかたなく、またぶらぶらと四人並んで歩き始めた。
周囲は、相変わらずのどかだった。風のそよぎと鳥と虫の鳴き声が、そののどかさに乗っかって、時間とともに流れてゆく。
「・・・」
何だかどんどん周囲が山深くなっている気がする。山は緑に溢れ、自然は美しいのだが、大丈夫だろうか。町の方ではなく、逆に山の奥の方に入って行っているのではないか。そんな気がした。
――小さい頃は近所の子どもたちと一緒に時間も忘れ野山を駆け巡った。あの頃はなんの疑いもなく、生きることは楽しいことであり、当然のことだった。あの頃の私は一体どこに消えてしまったのだろうか・・――
「あっ、あった」
目の前に大きな川が現れ、それに架かる大きな橋を渡っている時だった。真紀が下流の河原の方を指さし突如叫んだ。
「おっ」
美由香もその方を見て叫んだ。玲子さんもそちらを見つめる。
「えっ?何?」
私は何だろうと真紀が指さした方を見た。
大きな川が流れるその河原の脇に、大きなすだれのかかった、小さな小屋があるのが見えた。その影から湯けむりが上がっている。
「あっ、温泉」
この時、私は初めて、美由香がどこに向かっていたのかが分かった。
そこは、川端にできた露天風呂だった。
「ここに向かってたの」
私はようやく美由香の目的が分かった。
「ああ」
美由香が答える。
「さっ、行こうぜ」
美由香が走り出すと、みんなも小屋に向かって走り出した。
「温泉温泉」
小屋まで来ると美由香がうれしそうに言った。
「えっ、でもお金ないよ」
私が言う。
「必要ないよ」
そう言って、美由香は裏に回る。大きなすだれがかけてあるその隙間から、小屋の中に入っていく。
「大丈夫なの?」
私は不安になる。
「大丈夫だよ。ここは、ほとんど誰も来ないんだ」
「ほんと?」
「ああ」
だが、私は躊躇した。しかし、玲子さんまでが美由香に続いて入っていくので、私もそれに続いて恐る恐る入って行った。ここは多分、そういう場所なのだろう。
小屋は簡易な脱衣所になっていた。そこから、私はお風呂場をのぞいてみた。
「わあ」
川べりにできた、川を一望できる露天風呂だった。すごく景色がいい。しかし・・。
「でも、これって丸見えなんじゃないの・・」
一応、小屋近くには大きなすだれがかけられてはいるが、川の対岸やその向こうの山や橋からは、逆に湯舟は丸見えだった。
「大丈夫だよ。こんな山奥、誰も来やしねぇよ」
「・・・」
私は不安だったが、みんな気にせず服を脱ぐので私も脱ぎ始めた。
「わあ」
隣りで服を脱ぐ玲子さんを見ると、ものすごくきれいな肌をしていた。そして、胸も大きくプロポーションもすごくいい。
美由香も、背が高くスラリとしていて、いわゆるモデル体型で美しかった。
「・・・」
私は、自分のみすぼらしくやせこけた体が恥ずかしかった。長年の不摂生でまだ十代なのに肌の艶も張りも失っていた。私は、服を脱ぐと、すぐにタオルで自分の体を隠した。なんだかすごく惨めで、むくむくと湧き上がる劣等感に押しつぶされそうだった。
――自分が嫌いだった。物心ついた頃から常に自分が嫌いだった。何で私はあの子みたいにきれいじゃないんだろう。なんで私はあの子みたいにかわいくないんだろう。なんでみんなみたいに私は愛されないんだろう。私はいつも孤独だった・・――
「ほんとにいいの?」
私は、服を脱いで湯舟に向かう時ですらまだ不安だった。
「大丈夫だって」
美由香が言う。
「・・・」
それでも不安だった。
「ああ、気持ちいい」
しかし、実際、湯に浸かるとすべての不安は吹っ飛んだ。
「すごい、きれい」
景色は最高だった。真っ青な空。広がる山々。すぐ近くを流れる川。湯舟に浸かりながらだとさらに美しく、最高の景色だった。
「でも、こんな山奥でお客なんか来るの?」
ふと疑問に思い、私は美由香を見た。
「来ないよ」
「えっ」
「全然来ない。ここは町営で、採算なんかどうでもいいんだよ。いつも客なんか全然いないし、いても地元のじいさんばあさんだよ」
「そうなんだ」
「ああ、でも、たまあに見回りが来るって噂だけどな」
「えっ、来たらどうなるの?」
「さあ、なんか、高い入浴料取られるって噂だけどな」
「いくら?」
「さあ、噂では一人三千円」
「三千円!」
今の私たちには大金だ。
「どうするの」
「どうもしないよ。そん時はそん時だ」
「・・・」
私はまた不安に苛まれる。やはり、私は生来の小心者だった。なぜ、そんなに美由香は楽天的でいられるのだろう。美由香のその楽天性がうらやましかった。
でも、しばらくして、私もどうでもよくなった。やっぱり、温泉は気持ちいい。露天風呂で温泉とくればそれはもう最高だった。もう、永遠にこのままでいたかった。このまま温泉の湯に溶けて、一体化してしまいたかった。
「・・・」
隣りの玲子さんを見る。温泉に浸かり紅潮したそのきめ細やかな白い肌は、女性でもほれぼれするほどに美しい。私の中にまた堪らない劣等感が湧いてくる。そして、私は真紀にすらそれを感じていた。そんな自分が惨めだった。
「いやっほう。最高だな」
普段お風呂嫌いの美由香が、今日は妙にはしゃぐ。真紀も一緒になってはしゃいでいる。二人にとってプールか海のような感覚なのだろう。
「とうか湯舟が一つしかないような・・」
この時、私はふと気づいた。
「当たり前だろ、ここは混浴だ」
美由香が私を振り返り言った。
「えっ」
美由香は全然平気そうに言う。
「じゃあ・・、男の人も入って来る・・」
「大丈夫だよ。客なんか来ねぇよ」
「・・・」
と言われても、自転車に続きやはりかなりスリリングだった。
「美由香」
その時、突然、玲子さんが叫んだ。私は玲子さんの見ている方を見る。
「ん?わっ」
美由香がいつの間にか素っ裸で、湯舟のへりに立ち、川の方に向って立っていた。腰に手を当て堂々と仁王立ちである。
「やっぱ大自然はいいな」
美由香が言う。美由香の形のいい張りのあるお尻が、私の視線の先で丸見えにある。
「誰か見てたらどうするの」
玲子さんが大きな声でたしなめる。
「誰もいねぇよ」
「あっ、美由香」
私が川の方を見ると、少し離れた遠くの方の川の中に釣り人が一人いるのが見えた。そのおじさんは美由香を見上げて、口をあんぐりと開け、目を丸くしている。
「別に減るもんじゃなし」
だが、美由香は全然気にする風もなく、その素っ裸のまま仁王立ちで立ち続けている。逆におじさんの方がそれに気圧され、すごすごと、川から出ると、逃げるようにして違う場所へと移って行った。
「もう」
玲子さんは呆れていた。
「あはははっ」
美由香は仁王立ちのまま笑っている。すると、そんな美由香に触発されて真紀も湯舟から出て、美由香の隣りに立ち、同じように素っ裸のまま仁王立ちする。
「あははははっ」
そして、二人して大声で大自然に向かって笑い声を上げた。
「ほんと子どもねぇ」
玲子さんはさらに呆れる。
「お前も来いよ」
美由香が私を振り返った。
「人生観変わるぜ」
「・・・」
だが、私は湯舟から出ることができなかった。自分の貧そな体を見られるのが怖くて、私は湯舟から出ることができなかった・・。
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