第26話 滑走
「わあああぁぁぁ~」
四人乗りの自転車はものすごい勢いで、病院前の急な下り坂を下っていた。私はノーブレーキで滑走して行く自転車の、そのスピードに気を失いそうだった。
「ヒャッホー」
しかし、美由香は楽しくてしょうがないといった感じで、叫び、笑っている。
「ふひゃひゃひゃひゃー」
その後ろでは、真紀も楽しんでいるのか、恐怖でぶっ飛んでしまったのか大声を上げて笑っている。
「いやっほー」
普段、冷静沈着な玲子さんまでが、私の後ろで楽しそうに叫んでいる。
「・・・」
意外と玲子さんもワイルドな人だった。だが、みんな怖くないのだろうか。コケたら、確実にタダじゃすまない。下手したら死ぬスピードだ。
「・・・」
私は、みんなのはしゃぎぶりが信じられなかった。
私たち四人を乗せたものすごい重量オーバーの自転車は、曲がりくねる峠道をものすごいスピードで、しかし、器用に曲がりながら下って行く。対向車線を登って行く車が、そんな私たちを驚き、目を剥いて振り向き見ていく。
「いやっほ~」
美由香が叫ぶ。
「このまま世界の果てまで行っちまうか」
美由香は興奮し叫ぶ。ハンドルとブレーキを握る美由香の目は完全にイッていた。当然、ブレーキなどかける気配は微塵も感じられなかった。
私たちを乗せた自転車は、さらに加速し、スピードを上げ、果てしなく続く下り坂をどこまでもどこまでも下って行く。
「わあああ~」
これは世界中のどんなジェットコースターよりも怖いに違いない。私は恐怖で、もう頭がおかしくなりそうだった。
「ん?」
その時、道の脇に急カーブ注意の看板が見えた。
「うわあああああぁ~」
そして、その注意喚起の通り、目の前に大きな急カーブがやって来た。
「あああああ、カーブ、カーブ、美由香、カーブ、ブレーキ」
私は叫んだ。どう見ても、さすがにこのスピードでは曲がりきれない。もう駄目だ。私は真剣に思った。
「あ、ああ・・」
ここまで来ると、私は恐怖のあまりもう叫び声も出なかった。
が、しかし、美由香はブレーキをかけようともしない。そして、落ち着いていた。
「行くぜ」
美由香は後ろの私たちに声をかけた。私は何が何だか分からない。
カーブに突入すると美由香はハンドルを切りながら曲がる方向に思いっきり体を倒す。それに連動して、バランスをとるための逆方向への真紀と玲子さんの絶妙な体重移動が行われる。そして、その急カーブを縁のところぎりぎりで、私たちの乗る自転車は恐ろしいスピードで曲がっていく。
「えええええっ」
私はすぐ横に迫った道路の淵ぎりぎりを見ながら、今見ている光景が信じられなかった。
「・・・」
あまりの曲芸的なテクニックに、すご過ぎて、私は声も出なかった。
そして、見事にその急カーブを私たちの乗る四人乗りの自転車は通過した。
「青春だな」
美由香が私を振り返る。
「せ、青春?」
これが青春なのか・・。だとしたらなんと恐ろしくスリリングが青春なのだろうか・・。
――小さい頃、仲のいい近所の子どもたちと毎日のように外を駆け回って遊んでいた。学校ではうまく生きていけなかった私でも、近所の子たちとは自然と友だちになり、遊ぶことができた。でも、みんな成長し、小学校を卒業していく中で、行動範囲も交友関係も広がり、気づけば一番年下だった私は、みんなといつも遊んでいたその場所に一人残されていた。
「・・・」
ポツンと一人残された私。言い知れぬ寂しさが私を襲った――
やっと、緩やかになった坂道に、四人の全体重を一身に背負った自転車がギシギシと悲鳴をあげ始めた頃、玲子さん、私、真紀と順番に自転車から降りていった。
「ふぅーっ」
まだ残る恐怖と終わったという安堵感が入り混じった、何とも言えない感覚が私を襲う。本当に死ぬかと思った。だが、同時に不思議となんだか爽快感にも似た高揚感に包まれていた。
「チェッ、もう終わりか」
美由香も自転車から降り、さも残念そうに呟く。そして、たばこを取り出しくわえた。真紀も手を出す。その手に美由香が一本渡す。二人は仕事の後の一服でもするみたいに、ゆったりとたばこを吸い始めた。
それから、私たち四人は、ひたすらその先に続く田舎道を歩いて行った。
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