第二章 ~『死者蘇生』~
日が昇ると同時に、アリアは布団から起き上がる。身支度を整え、居間に顔を出すが、シンたちの姿はない。
第七皇子と競い合っている彼らは結果を求めているため、アリアが起きるよりも早くに魔物退治に出かけたのだ。彼女も負けてはいられないと、屋敷を後にする。
城門へ向かうと、昨日、お世話になった門番が笑顔で出迎えてくれる。
「今日は昨日よりも早いな」
「大物を狙うつもりですから。時間はいくらあっても足りませんので」
「大物か……またオークを狙うのか?」
「できればオークより上位の魔物か、同じランクでも別種の魔物に挑戦したいですね」
ゴブリンはランクF、オークはランクEに位置している。一般的にはランクEの魔物は十分に難敵であり、それ以上のランクDを倒せるのは冒険者の中でも上位の者だけだ。力を示すなら適した標的である。
「あの怪物を倒せるような冒険者に成長できるといいな」
「怪物?」
「ほら、あれだよ」
門番が雪山の方角を指差す。遠目なので鮮明ではないが、空を飛んでいる魔物がいた。
「あれはランクAの怪物、フロストドラゴンだ。奴らが雪山を支配しているせいで、鉱山の採掘ができないし、商人は山を迂回しないといけない。迷惑な奴らさ」
「さすがの私もランクA相手には敵いませんからね」
ギンでさえランクBだ。いつかは倒したい標的だが、いま挑むのは無謀でしかない。
「あの怪物を倒せる可能性があるのは、皇国の中でも第一皇子くらいのものだろうな」
「可能性があるんですか?」
「ランクBの魔物を難なく討伐できるそうだからな。いずれはランクAを倒しても不思議じゃない。次期皇帝確実と称される俺たちの希望の星さ」
「…………」
第八皇子であるシンの世話になっているアリアとしては複雑な気持ちだ。なにせ第一王子は領地経営にも秀でており、経済力でもシンより上だ。改めて、上位皇子と彼との間に力量差があるのだと実感させられた。
(私が少しでも貢献してあげないとですね)
可愛い弟子のためだ。ランクAは無理でも、ランクDくらいは倒してあげたい。通行料を支払い、アリアは魔物が巣食う森へと早速足を踏み入れる。
護衛と索敵のためにギンを魔石から召喚する。ぬかるんだ地面を踏みしめながら森を進んでいくと、ギンが反応を示した。
「魔物を見つけたんですね」
警戒するような反応ではないため、ギンが苦戦するような強敵ではないはずだ。ギンの鼻を頼りに進むと、和装の男性の死体と、持ち物を漁るコボルトを発見する。
コボルトは外見こそゴブリンに似ているが、大きさは手の平に乗るサイズだ。敏捷性が高く、商人の積み荷を奪うことでも知られている。このまま逃がすわけにはいかない。
「この距離ならギン様ならいけますね?」
まだコボルトはアリアたちに気づいていない。このチャンスを逃す手はないと、主人の期待に応えるようにギンは茂みから飛び出した。
距離が離れているならともかく、目と鼻の先だ。ギンの前足がコボルトを踏みつけ、その衝撃で命を奪う。魔素が消失し、魔石だけが残された。
「さすがギン様ですね♪」
手柄を褒めてやるために頭を撫でてあげると、嬉しそうに尻尾を揺らした。頼りになる相棒に感謝しながら、落ちているコボルトの魔石を拾う。
(ゴブリンより薄い緑で、形も小さいですね)
魔石には魔物の特徴が反映される。まるでコボルトの体躯が形になったかのようだった。
(それと、この死体もどうしましょうか)
手を合わせて、死者を弔うと、男性の容姿を確認する。
金色の髪と青色の瞳に加え、整った顔立ちからは品性が滲んでいた。服装こそ皇国民と同じ和装だが、顔の特徴は王国民のものだ。
(私と同じように帝国に移住してきたのでしょうか……)
故郷から離れた異国の地で命を落とした男を不憫に感じる。致命傷となったのは背中の切り傷だろう。魔物に裂かれたか、剣で斬られたかまでは判別できないが、どちらにしても無残な最期だった。
(死後から日数はさほど経過していないですね……これなら私の回復魔術であれば生き返らせることもできるでしょう……)
だが回復魔術は万能ではない。死者の蘇生には大量の魔力を消費するし、一日に一度しか使えない制約があったからだ。
(馬鹿ですね、私は。悩む理由はないでしょうに)
ここで命を救えなければ間違いなく後悔する。アリアは回復魔術を発動し、背中の傷を癒していく。
人は死ぬと魂を喪失する。傷が塞がると同時に、魂も修復することで、顔色に生気が戻る。心臓の鼓動も動き出し、呼吸も再開した。
(これで蘇生は完了ですね)
この場に留まり、蘇らせたのがアリアだと知られるのはトラブルの元になるかもしれない。彼女はギンを連れて、同郷の男から離れた。
この彼との出会いが、アリアの人生に大きく影響するとは、この時の彼女はまだ気づいていなかった。
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