第二章 ~『大人しくしていろ』~

 冒険者組合での用事を終えたアリアは屋敷へと帰ってきた。玄関を抜けた先にある居間に顔を出すと、シンや家臣たちが集まり、喧々諤々の議論を重ねていた。


「随分と白熱していますね」

「魔物退治の件で厄介事が起きたんだ。よければ師匠の助言も貰えないかな?」

「もちろん構いませんよ」


 師弟関係だった頃には、よくシンから頼られたものだ。大人になった今でも悪い気はしない。


「魔物退治の功績に応じて、開拓地が与えられる話をしたと思うけど、その競争に第七皇子の陣営も参加していてね。魔物狩りで大きな成果を挙げ始めたんだ」


 一定期間内により多くの魔物を討伐した陣営が皇帝から報酬を授かる。だからこそ、ライバルの動向は意識せざる負えない。話の口振りからすると、シンたちが劣勢なのだろう。


「他の皇子は参加してないのですか?」

「興味ないだろうからね」

「開拓地が必要ないと?」

「開拓地だけじゃない。皇帝からの報酬そのものに興味がないのさ。彼らほどの力があるなら、魔物を狩っている時間を領地運営に割いた方が効率的だからね」


 皇子はそれぞれ領地を与えられているが、上位の皇子の方が、領土が広くて経済規模も大きい。わざわざ魔物を狩るような泥臭いことをする必要がないのだ。


「第七皇子も本来なら参加するつもりはなかったはずなんだけどね。今回の報酬に開拓地だけでなく、副賞で魔道具も与えられると知って、やる気を出し始めたのさ」

「それほど貴重な魔道具なのですか?」

「超級に区別される魔道具だそうだ」

「それは喉から手が出るほど欲しくなる品ですね」


 魔道具には下級、中級、上級、超級のランクが存在する。下級は庶民でも金で買え、中級は富裕層にしか手が届かない。上級は金以外に権力や人脈も求められ、超級は国宝と呼ぶに相応しく、世界に数えるほどしか存在しない。


(私の収納袋ですら上級の魔道具ですからね)


 聖女就任の褒美として国王より与えられた無限にアイテムを保存できる収納袋の利便性はアリア自身が誰よりも知っている。上級であれほど役に立つのだ。超級の魔道具を欲する気持ちは理解できた。


「風向きは悪いのですよね……」

「第七皇子の陣営は人数が多いからね。その対策として、我々は少数に分かれて魔物討伐を始めたんだけど、それでも相手の方が上なんだ」


(だからシン様は一人でしたのね)


 オークとの闘いでは、彼の周囲に護衛がいなかった。シンならば単独でも戦えるからこそ、家臣たちとは離れて、魔物狩りに勤しんでいたのだ。


(これは力になれるかもしれませんね)


 シンには世話になっているし、それに何より師匠としての威厳を示すチャンスだ。この機会を逃す手はない。


「よければ私も手伝いましょうか?」

「止めてください」

「カイト様……ですが……」

「伝わらないなら表現を変えます。あなたがいても邪魔になるだけです」


 アリアの申し出に対し、カイトは一考すらせずに否定する。その態度にムッとさせられる。


「私は戦力になりますよ」

「あなたの回復魔術が役に立つことは認めます。だからこそ屋敷に待機していて欲しいのです」

「でも、私は――」

「魔物狩りは危険なのです。群れで襲ってくるゴブリンに、狂暴なオークまでいる。あなたを庇いながら戦うようなリスクは犯せません。納得してください」


 そのゴブリンとオークを倒してきたのだと自慢したい。だがその欲望をグッと抑え込む。どうせ伝えたところで信じてもらえないからだ。


「カイト、少し言いすぎだ」

「しかしシン皇子……」

「私の大切な師匠だぞ。言葉は選んでくれ」

「はい……」


 シンに窘められ、カイトは肩を落とす。よくぞ言ってくれたと、優しい弟子に感謝していると、彼は慈愛に満ちた瞳をアリアに向ける。


「でも師匠、カイトとは違う理由で私も魔物狩りはしないで欲しい」

「どうしてですか?」

「師匠が大切な人だからさ。危険な目にあって欲しくないんだ。だから屋敷でゆっくり過ごして欲しい」

「…………」


 理由が違っても、彼らはアリアが戦うことを望んでいない。無理に協力して軋轢を生むのも嫌なので、黙り込むことしかできなかった。


「分かりました。では私はこれで失礼します」

「師匠、私は……」

「心配しなくても気持ちは伝わっていますよ」


 シンは悪くない。彼はアリアのことを心配してくれているからこそ、闘いから遠ざけようとしているだけだからだ。


 居間を後にしたアリアは、廊下をとぼとぼと歩く。すると、偶然にもリンと鉢合わせする。食堂から戻ってきたのか、満足げな顔をしていた。


「魔物退治はどうでしたか?」

「成果は得られたわ。聞いて驚きなさい。なんとゴブリンを五体も倒したのよ。明日はオークを倒してみせるわ」

「ふふ、リン様は楽しそうですね」

「修行は私の生き甲斐でもあるもの。それに私が成果をあげれば、恩返しにもなるから」


 恩を返す相手とはシンのことだろう。なぜ家臣でもない彼女が魔物を討伐すれば恩返しに繋がるのか。興味が湧いたことが伝わったのか、リンは説明してくれる。


「魔物を討伐すると、その成果に応じて所属する組織が皇帝から報酬を受け取れることは知っている?」

「はい。ではリン様は第八皇子の家臣として登録を?」

「いまはまだ未登録よ。でも秘密裏に成果を貯めておき、最後にまとめて組織に貢献してあげるの。サプライズなプレゼントになるわよ」

「それは素敵な作戦ですね」


 所属はいつでも変更可能だ。だからこそ、決着が付くギリギリで救いの手を差し伸べるつもりなのだ。


(リン様の作戦なら私でも貢献できそうですね……)


 秘密裏に動けば、カイトたちから反対されることはないし、最後にはシンを助けることができる。


 成果を出せば、きっとアリアのことを見直して、屋敷で大人しくしていろとの言葉を後悔するはずだ。


(そうと決まれば、明日からも魔物狩りですね♪)


 やるべきことは決まった。やはり師匠は凄い人だと、シンやカイトたちに認めさせてやるのだと決意するのだった。

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