50


「…いえ」


何か今、嫌な予感が脳裏を掠めたが、その正体が掴めず頭の中を流れていく。


フウガはその得体の知れない不安から、ぎゅっと拳を握った。


そもそも、与える力とは本当に天使の力なのだろうか。アリアは本当に、ただの天使なのだろうか。

天界にいる神様が、アリアの底知れない力を知らない筈がなく、アリア本人にも全てを話していない事は分かっている。秘密にする理由があるのだ、本人にすら言うつもりのない秘密が。記憶を失わせてまで、天界は何かを守ろうとしている。


「……」


フウガは思いを口にしかけたが、言葉を飲み込んだ。

そもそも、ここで疑問の声を上げたところで、何かが変わる事はない。神様がすべての天界で、天使や死神が何を言ったところで無意味だ。

それに、アリアの身に何かが起きないとも限らない。

記憶のない理由には、そういう可能性だってあるのではないか。

神様だってそうなのだ、都合が悪くなれば切り捨てられる。それが天使相手なら、もっと簡単だ。


それにと、フウガは思い直す。フウガの抱いた疑問だって正しいとは限らない、何も知らないままでいる方が、アリアを守る盾になる事もあるのかもしれない。



眉間に寄せた皺を更に深めるフウガに、ヤエサカはさすがに何かあったのかと、心配になったようだ。


「…もしかして、アリアに何かあったのかい?姿が見えないのは、来れない程のダメージを負ったとか?」


それなら早く言ってくれと、心配に表情を歪めたヤエサカに、フウガははっとして思考を止めた。ヤエサカの表情からは、純粋にアリアを心配しているのが伝わってくる。神様の力が弱まっている事に、何よりも不安を抱いているのは悪魔対策課の天使達だ。今までも、持てる力でどうにか悪魔に抵抗してきた筈だ。天界の神様の采配に頭を抱えているのも、やはり彼女達だろう。


フウガは気持ちを切り替え、表情を緩めた。


「アリアは問題ありません、今は…眠っていまして」

「そうか…、焦ったよ。アリアには無茶をさせてきたからね。本来なら、思う存分、怠けて欲しいくらいなんだけどね」


ヤエサカは、安堵と申し訳なさに表情を揺らして席に着く、フウガはその言葉に少し表情を固くし、思いを飲み込んだ。


「そうですね…彼には助けられましたからね」

「…すまないな、力を借りるばかりで」

「本人は、なんとも…いや、逆にやる気に満ちているくらいでしたから」


アリアの力に頼るのは自分も同じだ、フウガは自分が情けなく思い、視線を俯けた。ヤエサカは「しかし、あのアリアがなぁ」と、感慨深いやら何やらで、複雑なようだ。


「仕事にやる気を出すのは良いが、毎回倒れてしまうのはな…。本当に、あの子は何者なんだろうね」


溜め息混じりの言葉には否定的な意味はなく、心配や同情の色が強い。ヤエサカもやはり、アリアの力については何も知らないようだ。

ヤエサカは、思い直すように顔を上げた。


「悪魔の動きを読むのは、うちの仕事だ。あの町に近づけさせないようにする。神様の力が弱くとも、その力が安定すれば上も納得するだろう。大丈夫、アリアは変わらないよ」


その言葉が心強くて、フウガはそっと肩を下ろした。ヤエサカには、この胸の内が読まれているのだろうか、それでいて、守ろうとしてくれているのだろうか。この胸に渦巻く不安を、アリア自身を。


「そうすれば、後はいつも通りだ。暫くアリアに力を使わせないで済むなら、その方が良いだろう、神様も同様にね。君が思うような危ない事にはならないよ、鞍木地の町はハッピーエンドだ」


ヤエサカは言いながら、眉を下げた。


「でも、もしかしたら、アリアは下界で預かりになるかもしれない」

「え?」

「…あの力は、対悪魔用として備わってるようなものだろう?」

「そうですね…」


フウガは頷きながら、先程感じた引っ掛かりが、また甦ってくるのを感じた。


天界史にも残る、天使の与える力だ。だが、その力を備えた天使は、伝説の中に以外いなかった。

悪魔は神様が生み出したものだが、その神様が誰なのか、悪魔がいつ生まれたのかも分かっていない。


悪魔が生まれたのと、与える力を持つ天使が現れたのは、どちらが先だろう。天界史に、それは書いてあっただろうか。


アリアの力が対悪魔用だとすれば、何故、今までその力の持ち主が現れなかったのか。下界の神様が守ってくれるからと言って、未だに悪魔の何もかもが把握出来ていない。その力を有効に使ってこなかったのは、何故なのか。

アリアに力が与えられているのも不自然だ、記憶が無い事が先ずおかしい。


アリアは、何者なのだろう。

神様のような力を持つことは、まさか、悪魔を生み出した神様と関わりがあるのか、それは、もしかしたら…。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る