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動き出す死神の車を見送りながら、アリアは力が抜けたように地面に座り込んだ。
「どうしました?」
「精神的に疲れた…なんか、明後日辺りに筋肉痛になりそう」
神様に翼は直してもらったし、体力も回復はしたが、何だか少し体がおかしい気がする。今は良いが、後から反動が来そうで怖かった。力をここまで使う事はなかったし、限界も超えて、未知の力に出会ってしまった。正直、自分ではない感覚は怖くて、あまり思い出したくない。アリアは自然と胸の辺りを擦った。
その様子を見て、「筋肉痛で済めば良いですが」と、フウガも心配したようにアリアを見つめ、それから労うようにアリアの肩を叩いた。
「ご苦労様でした。今日もあなたに助けられましたね。ありがとうございました」
「…なんだよ、改まるなよ。調子狂うな」
「感謝するのは仕事の上でも大事なことでしょう」
「…フウガってさ、それ本気で言ってる?それとも敢えて言ってる?」
「私はいつだって本気ですが」
そう、と、なんともいえない気持ちを感じながらも、アリアは、背中を支え続けてくれるその手の温もりに、死神の手とは温かいものなのだなと感じて、少しだけ擽ったい思いだった。
そんな中、神様が地上へと戻ってきた。涙を拭った表情は、どこか凛々しくも見えたが、屋上の床に足を着けたところで、ふらりと足をよろけさせてしまった。あ、と、フウガがその体を支えようと一歩踏み出したが、そのフウガの横を猛スピードで何かが駆け抜けていき、それは真っ直ぐに神様へ向かっていった。
まるで体当たりのように、それは神様の胸に飛び込んだので、よろける体ではそれを受け止めきることは当然叶わず、神様は飛んできたそれもろとも、盛大に尻もちをついた。
「神様!」
「神様!」
「ご立派でした!」
「お見事でした!」
痛い、と言う間もなく、両脇から神様にぎゅっと抱きついたのは、双子のような神使だった。
きっと、神様の力によって取り戻したのだろう、ぼろぼろだった神使達の着物は、ほつれもなく鮮やかな色を見せていたが、神様に抱きつく側から、いつものぼろぼろな姿へと戻っていく。それと同時に、神様の体に淡い光が灯り、神様はそれにぎょっとして、神使達の肩を掴んで体から離させようとした。
「何してるんだ、お前達!」
「私達は、神様がいてくれるだけで十分なんです!」
「だから私達は、他には何も要らないのです!」
神様の体に灯る淡い光は、神使が神様から貰った力を返しているからだ。神様はそれを止めようとするのだが、「そんなことよりも!」と、神使が揃って顔を上げて睨んでくるので、びくりと肩を跳ねさせた。
「今までどこに行ってたんですか!」
「ずっと待ってたんですよ!」
そう両サイドから泣きながら怒られ、更には再び着物は擦れ、髪もぼさぼさに戻ってしまった神使達を見ては、神様もさすがに小さくなった。
「すまない…」
そう、しゅんとなれば、二人の神使は体を離し、顔を見合わせた。いくら怒っても責めても、その底にある思いは、神様が帰ってきてくれた事への安堵と喜びだ。
「帰ってきてくれたのなら、問題ありません」
「帰りましょう、我々の社へ」
迎え入れてくれる神使を交互に見つめ、神様はその腕で二人を抱きしめた。
「…ごめんな、ごめん」
どうして一人だと思ったのか。側にはいつも、自分を思ってくれる彼らが居たのに。家族のように、共にいたのに。
「神様、苦しいです!」
「擽ったいです!」
「謝罪のハグだ、我慢しろ」
えー、と言いながら、神使達は嬉しそうで、胸が温かくなる。
ふと顔を上げれば、見守るように佇む月の姿。その向こうへと旅立った八重に、神様は思いを馳せる。
きっと、大丈夫。
そう声が聞こえた気がして、神様は滲む視界の中、そっと目を閉じた。
「…任せろ、見守っている」
神様は呟き、ぐいと袖で目元を拭った。次に見えたのは、澄んだ夜の月。八重が守ってくれたこの空の下、もう迷いはしない。
「さぁ、帰ろうか。彼らも共にお連れして」
そう神使の頭を撫でながら声をかければ、神使達は嬉しそうに「はい!」と声を合わせ、擽ったそうに顔を見合わせて笑った。
アリアとフウガの元へ駆けていく神使達の背中を見送り、神様は夜の町に目を向けた。家々の灯りが灯る、いつも通りの
それをぼんやりと見つめていると、足元に温もりを感じた。見れば、狸もどきが足元に寄り添っていて、その温かな温もりに、神様は瞳を揺らした。
狸もどきには、酷いことをした。側に居たのを良いことに、利用して当たり散らして、それでもこんな風にまだ側に居てくれる。謝っても謝りきれないが、それでも狸もどきは大切な友人だ、この絆を失いたくない。
「…私は、」
「明日はきっと晴れますよ!こんなに綺麗な月夜は久しぶりですから!」
今までの振る舞いを謝罪しようとしたのだが、狸もどきの笑顔に遮られてしまった。まるで心を見透かされたようで戸惑っていると、狸もどきは再び空を見上げ、穏やかに呟いた。
「八重さんがくれた、明日ですから」
笑顔に涙を滲ませた狸もどきに、神様はそっと眉を下げた。
溢れる思いを、どれから言葉にすれば良いのか分からない、八重と共に過ごした日々は同じく、狸もどきはあの頃からいつだって側にいて支えてくれて、狸もどきに対する非道な行いも、許そうとする。
引き締めた涙が再び込み上げて、神様は狸もどきを、大切な友人の肩を抱き寄せた。
「すまなかった…これからも、よろしく頼む」
「…勿論です!」
狸もどきはきゅっと瞳を潤ませると、それから嬉しそうに神様に身を寄せて、涙を拭った。
どこまでこの力が続くのか、いつまでこの姿を保っていられるのかは分からないけど、消えてしまうその日まで、この町を見守っていく。
町を見つめる神様のその表情は、とても優しいものだった。
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