6



フウガとアリアに部署異動の通達があったのは、今から二週間前の事。二人の異動は、天界の世界管理局の面々に驚きを持って知らされた。


天界にある世界管理局・死神課は、世界管理局の敷地内、東の端にある洋館の中にある。立派な建物だが、その壁は黒く塗り立てられ、庭園には黒い薔薇が咲き、ゴシックな雰囲気が漂っている。そのせいなのだろうか、それとも死神の力が及ぼす影響なのか、この辺りだけ、幾分空もどんよりして見えた。


そんな、独特な雰囲気を醸し出す死神課だが、フウガとアリアの異動に対し、一番の混乱と困惑を見せていたのは、間違いなく死神課だ。



「おい、フウガ!どういう事だ?なんでお前があのアリアと異動なんだよ」

「有能な天使なら幾らでもいるのに、お前の相棒がなんでアリアなんだ?」


フウガが死神課のデスクで荷物の整理を行っていると、同僚の死神達が焦った様子で飛んできた。死神課の内部も、黒い家具で揃えられており、庭園同様ゴシックな雰囲気だ。

そんな中で、フウガには戸惑いと困惑に満ちた疑問が投げかけられたが、フウガだってその理由は分からなかった。


異動する部署は、下界にある世界管理局支部・悪魔対策課だ。悪魔対策課と言えば、より世界の為、人間の為に責任を持って望む職場だと、上司はフウガにエールを送ってくれたが、その顔は泣きそうに歪んでいた。頭を下げて出て行こうとするフウガを引き止めんばかりに、握手を交わした手を離そうとしない。

それというのも、今回の異動は神様から急遽指示が出されたようで、死神課の面々は、突然大きすぎる戦力を失う事になり、仕事の割り振りにてんやわんやだった。上司はとにかく、フウガを手放したくなかったのだろうが、神様からの指示に逆らう事は出来ない。色んな意味で、涙ながらの別れとなった。


その後は、すぐにでも下界に向かうよう指示が出されたので、フウガも死神寮に戻り、ひとまずの荷物をスーツケースに詰め、再び世界管理局本部に向かった。下界へ向かうには、専用のエレベーターを使用する、下界への転送装置だ。エレベーターは古くレトロな風合いのもので、ドアは手動式で二重になっており、奥にガラスのドアが、手前には蛇腹のドアがある。ドアの上には、少しくすんだ金色のインジケーターが、その矢印を動かしていた。


「…あ」


アリアと顔を合わせたのは、そのエレベーターの前だった。

スーツケースを引くフウガとは対照的に、コンビニの袋を一つ提げたアリアが、眠たそうな面持ちで、軽く会釈した。


「…どうも」

「…こうして面と向かうのは初めてですね。私は、死神のフウガです」

「俺はアリア。なぁ、俺、なんで選ばれたのかな?悪魔対策課なんて、絶対無理なんだけど。きっと俺すぐ消滅するよ。あんた、俺の骨拾う為に選ばれたのかもな」


嘆いているのかと思ったが、言葉尻に欠伸を噛みしめている様を見れば、ただの軽口なのかもしれない。


フウガにとってアリアは不可解な存在だった。天使として仕事もせず、いつもどこかでダラダラ寝てばかりいる。なのに天界の神達は、何故かアリアを咎めるでもなくそれを許しており、フウガにはそれが不思議でならなかった。アリアの存在は、最早、天界の七不思議の一つだ。


こんな天使が、人間の為に働ける訳がない。


「…あ、来た」


音が鳴り、エレベーターが到着した。アリアはドアを開けて先にエレベーターに乗り込むと、フウガを振り返った。


「さっさと行こうぜ」


気怠そうな態度に、フウガはこっそり溜め息を飲み込んで、エレベーターに乗り込んだ。





そして、現在。

まさか思いもしない、もはや怠惰が仕事なのではと思っていたアリアが、天使としては唯一の力を持っていたなんて。しかも本人ですら、その力を持っていると知ったのは下界に降りてからで、フウガと同じタイミングで知ったようだった。天界の神様によって記憶でも操作されていたのか、それでも今は、与えられた力に苦しめられながらも人間の為に戦っている。


それが、フウガにはまた意外だった。天界にいた頃は、本当に何もしなかったのだ。今回もどうせサボり歩くのではと思っていたが、どういう訳か、アリアは仕事に前向きのように思う。


きっと、こんな話をしても誰も信じないだろうなと、フウガは胸の内でぽつりと呟く。驚くよりも、あり得ないと笑い飛ばす同僚達の姿が容易に想像出来て、フウガは小さく溜め息を吐いた。胸の奥が少しもやもやとするが、それが何故なのか、フウガは自分でも分からず、眉を顰めるばかりだ。


気持ちを切り替えるように、フウガは運転席の窓を開けた。夜風が車の中に入り、冷えた風がフウガの頬を撫でていく。

少し冷静になれば、不意に苦しそうなアリアの姿が思い浮かんだ。

アリアの体は大丈夫だろうか。人間を助ける為とはいえ、体への負担が大きいように思う。アリアの力は、こんなに頻繁に使って良いものなのだろうか、もしかしたら、何度も使ってはいけないから、本人にも力の存在を分からせないようにしていたのではないか。


フウガはアリアを案じたが、その思案もすぐに途絶えた。途絶えさせた。


心配は心配だが、誰かに干渉なんてフウガは今までしてこなかった。仕事が出来れば良い、任務を終える事だけが、フウガの大事とするところで、アリアとはこの仕事だけの関係だ。

アリアの心の内に踏み込む事は、自分の仕事ではない。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る