見習い神様

邑真津永世

第1話 先に待っていた"モノ"

後悔と懺悔については非常に論することのないような気がいたしますが、それでも語らせていただきたい案件の一つです。


自分は罪深い人生を送ってきました。ちょっとの犯罪を見過ごすというのはまさにその罪深い人生の中に含まれるものと致しましょう。ちょっとの犯罪というものは、ちょっとどころの犯罪ではなくなるもののことも指します。例えばそう“いじめ”とか。


“いじめ”というやつは非常に生産性のないものであり、社会問題になっていると言っても過言ではないですよね。見て見ないふりをする、これもいじめの加担者と何も変わらない無意味な行為の一つです。自分はこんなところでご高説を垂れていますが、語っていい人間などどこにも存在しないような気が致しますね。自分は物腰は丁寧で柔らかと揶揄されることが多い人間ではありますが、自分は果たして“人間”なのでしょうか?考えてみても欲しいのです。いじめの加担者に成り下がった自分など、どこに誇らしく「自分は人間です」と言い切れることができましょう。どこに抜け抜けと「私は真面目な人間です」と言えましょう。違うのです、人間は誰しもがほの暗い感情のもとに、打算ありきで動いているのかを詳しくは理解していないのです。


そんな自分の後悔と懺悔とは、皆様は想像できないでいることでしょう。後悔というのはいわば「やってしまった」という浅い感情のもと行われる後悔と「まずい、まずい、まずい!」と逼迫した感情の元に起こる深い、暗い、ドス黒い後悔の二種類があります。まぁ、人間の数ほど後悔があると思ってもらったほうがいいので、こんな話は今はさしたる問題の一つたり得ません。


言葉をこねくり回したところで、いかに巧みに言葉を走らせたところで、後悔というものをしてしまったらそれはもう「失敗している」ということと同義なのです。


自身の中にある後悔は非常に思い後悔。なんでこんなことをしてしまったのだろうという激しい痛みを伴う後悔。ほら、あなたにも聞こえますか?「こっちにおいで」「一緒になろう」「私たちはいつまでも離れない。……そういつまでも」と。自分は犯罪者です。ただの犯罪者などでは決してありません。非常に崇高な美学のもとに彼女らを殺していきました。“いじめ”をするような人間に“善い人間”など存在し得ません。そう存在すらも許されないのです。見て見ぬ振りをして自分は関係ないという表情を作る肉塊、遠くで携帯を構え馬鹿騒ぎをするしか脳のない肉人形、最も悪なのがそれを面白がってさらに加担してくるシチュー共。自分は深く絶望しました。この世は終わりで満ちている。だから、だからこそ!自分が、この手で“―――――”。


こうして行き過ぎた殺人鬼がひとつ出来上がりました。皆様となんら変わらない形をしてはいますが、違います、根本的に違います。私は鬼になったのです。馬鹿にしてくださっても良いですよ。これは純然なる自分の意志の元に行なわれた、完全無欠な自分の肉解体ショーなのですから。引きました?引きましたよね?当然です。このような鬼は早くこの世から消えて無くならなくてはなりません。それがこの社会という名のルールに属するものであれば、理解するのはさほど時間は必要ないでしょう。これに忌避感を覚えなくては何が知性ありしものと自称しているかわからなくなってしまいますからね。


私は今ここに新たな生をうけました。いえうけてしまいました。こんな蘇って良いはずのない鬼が、輪廻転生のシステムの外に弾き出され唾棄されるべき鬼が!これは深い絶望に他なりません。これは罰なのでしょうか、これは罪を清算せよという神からの啓示でしょうか?自分は無神論者ではありませんが、完全に神を信じているというわけでもありません。忌憚のない意見を申しますと「神は信じていればいるし、信じていなければその人間の中にいない」ものとして捉えております。信じる人間は救われるという言葉も、その信じている人間の中にこそ真に神が存在するのではないか?というのが私の通説となっています。殺した肉片の中に「神よ」と祈っていた物がいました。私はそれをみて考えを改めたのです。信じている物の中には存在する神もいるのかもしれない、と。認識の齟齬というのは得てして起こりうるものなのです。


こんなことで現実逃避をしても、誰からも終われないという生活をするのも本当に久しぶりで、どうして良いかわからず、胸中1人でにトリップしてしまいましたが、この独白に気づける者など、それこそ神に近しいと論ずることができるでしょうね。まぁ、論ずるだけはただなので。ただより偉大なものはあまりありません。生きているだけで何かは消費していきますから。


ところで、ここはどこなのでしょう。全く何もないというわけではありませんが、生活感がないというわけでもなさそうです。私は大体的には自分を優先させる生物ではないため、ここでおとなしくしていますが、ここに自分を閉じ込めたものはその限りではないと言えましょう。しかし、地獄に確実に落ちたつもりのようでしたがつもりになっていたようです。こんな日の目を拝むことができるなど、もうないと思っていましたから。


「人の子よ、哀れな人の子よ」


む?誰でしょう、こちらに優しく語りかけてくるのは。自分の記憶の中では幼い頃に母にかけられた「早く死ね」という言葉か、それ以外の父は「「この生きる価値もない屑が!!」の言葉ぐらいしかまともに自分に放たれて言われた言葉はないので。自分は思えば生まれてきてからずっと底辺の小鬼だったと記憶しています。こんなにも醜く吠える「父(肉体)」に自分のことに一ミリも興味のない「母(孕み袋)」一体全体自分は何をしたというのでしょう。流石に生まれてからその瞬間は殺人鬼と周りから謗られることはなかったと思うのですが。それは遠い昔のお話です、すぐに自分は鬼になりました。父と母だった物は自身の姿に怯え「ごめんなさい!ごめんなさい!」と鳴いて許しを乞うたのですが、無意味であると言わざるを得ません。あなた方が自分に向けた愛情というものは、それを手で払い除けて罵声を浴びせ体の隅々までを傷だらけにするということだけ、とつぶやいたら、さらに青ざめて生きるということをやめたくなったらしいのです。あぁ、なんたる悲しいことでしょう。自分はこんなにも愛されて育ったというのに、自分というものに感情を抱いてくれただけでも幸運だというのに!


「あなたは壊れてしまったのですね」


壊れる、壊れるですか。いえ、そんなこと思うはずがございません。壊れているというのは一部欠陥が見られているということ。この自分に欠陥など存在しないと声高々に宣言しましょう。あなたがどれほど高潔で高貴で完璧で完成されたものだとしても、自分は自分の鬼の生にある一定の誇りと責任は生じていると愚考致します。自分のようなものに目を向けていただいているだけでも過分に過ぎる、頭痛が痛いみたいになってしまいましたが、過分と言えます。


「……あなたは一体なんなのでしょう」


自分ですか?自分は鬼であり、ヒトの皮を被ったバケモノに御座います。以上も以下も存在し得ません。自分はそれを望んでこうなりました。あなたが様が気の毒に思われるようなことは決してないのです。世界を構築したとしても、その人間の動きが読めないことなだままありましょう。構築したら神の手から離れてそこから勝手に動き出す……TRPGのような世界なのですから。浅学の身ではございますが、これぐらいのことを思わなくては造られたものとしては失格と禁じずにはいられません。


「そう……ですか。それがあなたの生きる道なのですね」


えぇ、えぇ。そうですとも。勿論ですとも。無論ですとも。自分という自我が構成されてからずっと、鬼だったのですから救いようがないのですから。こんな救いようのない人間のことは放っておいても良いのです。誰もあなたを責め立てたりいたしません。誰もあなたを害そうとは思わないでしょう。それを成そうとする物はあくまで悪魔です。人間などでは無いでしょう。


「あなたと話していると、とても面白いですね」


面白いでしょうか?自分はそれほど摩訶不思議なことを話しているとは思えませんが。


「いえいえ、私を目にして一瞬で理解し、例え意見するものなど決していませんでした。それどころか急に襲ってくる方もおられます」


なんと!それはいけない!そいつはどうやら真に理解はしていないらしいですね。ここがどこであるのかということに目を向けなければ、それすらも命取りとなりましょう。自分は自慢では無いですが多少の洞察力を有していると言うことができます。しかし自分のような多少の洞察力を抜きにしても、一瞬で肌で感じ理解することが叶いましょう。ここは神界であるということを。しかし、だからなおさら的を射ません。自分のような浅ましくて愚かしい鬼などを神聖なる神界につれて、今から何をしようというのでしょうか。そもそもこんな愚物は地獄に破棄し捨てれば良いというのに。


「それです。あなたのその態度からも、こちらに対する配慮というのが完璧にこなされていました。そして神の中でも疑問に感じるものもいました。なぜこのようなことをしなくてはいけない世の中を作り出してしまったのかと言うことを。肌では感じられなかったのですよ。神失格と謗られたり罵られたりしてくれても構いません。ここにはあなたと私しかいないのですから」


とんでもないことです!その頭をあげてください!あなた様がこんな愚かしいものに頭を下げる道理がどこにあると言うのでしょう。違うのです、違うのですよ。真に物事を理解できることなどそうないのです。本質を理解したとしても、本質の裏にあるものが別に悪さをするのです。関係ないとは言い切れませんが、それでも気負うことのようなものでもないかもしれません。


「いえ、あなたのような少女にこんな運命を背負わせてしまったというのはこちらの落ち度。間違いなく唾棄されるべきなのは私たち神というものです」


そんな、そんな。あなた様にそのようなことを思われるのはだいぶ……いえとても勿体無いお言葉と。


「なので、あなたはここで生活してみませんか?神の見習いとして」


ほわぁ?え、え?えーと、え?いや、うん?……………………………………。はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああ!


「ふふ、あなたでもそんな反応ができるのですね」


はい、いいえ!神よ、失礼ながらそれは短慮なのではと愚考致します!このような存在に目を向けずとも、もっと他にいい人材などいくらでもいるでしょう!自分は鬼です!人間などではありません!あなた様方のシステムから遠く外れた存在!謂わばバグです!ポリープです!塵芥なのです!それを踏まえて自分は神になって良い存在ではありません!市井の人間の中から選ぶということも間違っていますし、そもそも自分は人間ではないと再三申したはずです!


「いいえ、あなたは神になりなさい。そしてこの愚かな私を支えてください。女神ベゴニアを」


改めて女神ベゴニア様、自分でよろしいのですか?あなたが納得されても、他の神は私を“そういうもの”としか認識致しません。爪弾きにされたものなど取るに足らない愚物でしょう。そんな、そんな自分でよければ、私でよければあなた様のそばにいることをお許しください。


「えぇ、もちろん許しますとも。まずはあなたの形を作りましょう。新たな名前を授けましょう。話はそれからです」


私に名前を授けてくださるのですか。願っても見ないことです。


「そうですね、あなたの名前は“―――― ”」


“――――”。しっくりきます。拝命いたしました。女神ベゴニア様の名により、今日から神見習いになることを勝手ながら宣言させていただきます。末永くよろしくお願いいたします。マイロード(生きる意味)。

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