第1話

「あーまた死んだ! もーマジでクソすぎるんすけどこのゲーム! もう辞めたろかなマジで」


 小さな二階建ての木造建築。一階と比べると圧倒的に狭く、屋根裏部屋と形容しても全く問題のなさそうなオフィス空間。おおよそ保険会社の事務所とは思えない職場の末席で、新入社員のアオトが奇声をあげた。


「アオトくんうるさ〜い。勤務時間なんだからゲームじゃなくて仕事して。ていうかゲームするにしてももうちょっと隠れてコソコソやるもんでしょ普通」


 アオトの向かいの席に座った事務員のキサキが、キーボードを忙しなく叩きながら悪態をつく。キーボードと繋がった結晶画面はアオトのデスクにも全く同じものが支給されていたが、アオトは結晶画面起動直後のデスクトップ画面を開いているだけだ。その視線は業務用の結晶画面ではなく、手のひらサイズの〈小型結晶画面〉に注がれている。


 結晶画面はパソコン、小型結晶画面はスマホ、だ。

 端的に言えば。


「えーだってヒマなんすもん。キサキさんは事務の仕事があるんでしょうけど、オペレーターの仕事は緊急時以外ないわけだし。オレ事務仕事やるために雇われてないんで、すんません!」


 アオトは自分の小型結晶を両手で挟み込むようにして、キサキを拝んだ。キサキは業務用の結晶画面とにらめっこしたまま、舌打ちをする。


「ったく……あのさ、仕事の割り振りは百歩譲るけど、下の階もう営業始まってるんだから静かにしてよね。いっつも下の階の子とランチ行った時バカにされるんだから。実動班って過酷過酷言うけどいっつも暇そうですよねってさあ。絶対アオトくんの声が下まで聞こえてるんだって。ゲームばっかして絶叫してる声がさ。そりゃ暇だとか平和ボケだとか言われるわけだよ」


 社長からも何か言ってやってください、と水を向けられて、私は「まあ、新規ご契約者様がアオト君の声を聞いて離れていくのは確かに損害かもしれない」と言う。一階は保険の加入手続きや相談のための窓口になっている。


「そうだそうだ。こんな生意気な若造の首なんかパッと刎ねちゃってください!」

「ちょっ、それ社長に言うとマジで洒落にならないんで……」


 サッと顔を青くして、アオトは自分の両手で首全体を覆い隠した。かと思えば、

「ていうかキサキさん、そんなにバカにされるの嫌ならその人たちとランチ行くのやめたらいいじゃないですか。自分のことバカにする人と一緒にメシ食って何が楽しいんすか」

 と先輩に堂々と意見しながら、何食わぬ顔でまた小型結晶のゲームを始めている。どの世界でも、ゲームに熱中する人の「こんなゲーム辞める」はアテにならない。


「じゃあ私は一体誰とランチ行けばいいのよ! こんな超少数の男所帯で!」

「一人で行けば済む話じゃないですかそんなの」

「一人なんてやーよ! 惨め! 飯がまずい!」

「わっかんないなーキサキさんの感覚……」どっちも同じじゃないか、とでも言うようにアオトが首を傾げる。「じゃあ社長とでも行ったらどうです? 社長、確か食べ歩きとか好きでしたよね?」

「まあ、人並みには」


 ドラゴンのステーキだとか、マンドラゴラのシチューだとか、前の世界ではそれこそゲームの中でしかお目にかかれなかった食材が、この世界には満ち溢れている。それを実際に味わって腹を満たすことができるなら、色々な料理に触れておいた方が何かと得だろう。

 それに、この世界にいつまでも留まろうという気はないのだ。いつこの世界の食事が過去の記憶になるとも知れない。


「ほら、適任発見」

「いや……でも社長は……」しかし、キサキは私に視線を遣りながら控えめな難色を示す。「それはそれで変な噂立ちそうで嫌っていうか……いや別に社長とご飯食べるのが嫌ってことではないんですが……」

「まあ、社長だから仕方ない」


 権力を全面に押し出したような肩書きがあると、何かと窮屈だ。歳も若手の社員とはそれなりに離れつつある。


「そもそも社長が支店の現場にいるっていうのが破格すぎてあんま理解追いついてないんですけど、そういうのって色々大丈夫なんすか? 会社全体の統率というか、社長としての仕事というか」

「アオトくん、愚問。社長が一番強いんだから、レベル高いダンジョンが密集してる場所に社長がいるのは当然なんだって。今の王都周辺のダンジョンって軒並み階層数少ないし、本部にいられても宝の持ち腐れでしょ。社長だって王都にいても何かと落ち着かないんじゃないですか?」


 アオトが私に向けたであろう疑問にキサキが正答を出してしまうので、私は軽く頷く程度のことしかできなかった。


「まあ、キサキ君が思うほど私は好戦的な人間ではないと思うけれど」

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