Column2 「彼は流れるように私の腰を掴んだ」?
——彼は流れるように私の腰を掴んで、美しい顔を近づけほほ笑んだ。
最近読んだライトノベルのなかに、上記のような一文がありました(取り上げる言葉以外は少し変えてあります)。
これを読んだとき、「私の腰を掴んで」というところに引っかかりを感じたので、今回は「腰を掴む」という表現について調べてみようと思います。
「掴む」という言葉を調べると、以下の意味があります。
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【掴む】『明鏡国語辞典 第三版』
❶手でしっかりととらえて握り持つ。
「マイクを[腕・髪]をつかむ」
❷手に入れて自分のものとする。
「大金[チャンス・証拠]をつかむ」
❸人の気持ちなどをしっかりと手中にして逃さない。つかまえる。とらえる。
「若者の心をつかむ」
❹物事の要点などをしっかりと心にとらえる。把握する。
「こつ[本質・曲のイメージ]をつかむ」
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引用した内容を読む限り、物理的に「掴む」のは❶の意味だけです。
念のため他の辞書も見てみましょう。
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【掴む】『三省堂国語辞典 第八版』より抜粋
①手でしっかり持つ。
「手首を――」
②手に入れる。自分のものにする。
「幸運を――」
③とらえる。つかまえる。
「機会を――」
④人の心を引きつける。
「大衆の心を――」
⑤しっかりと理解する。
「要点を――」
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『三省堂国語辞典 第八版』でも、物理的に「掴む」のは①の意味だけのようです。
さて、語釈としては『明鏡国語辞典 第三版』の方が一歩踏み込んだ表現になっていて分かりやすいので、これを元に考えてみましょう。
「❶手でしっかりととらえて握り持つ」というと、「マイクを掴む」「髪を掴む」のように、手のなかに収められるサイズのものという印象があります。
では、「腰」はどうでしょうか。
「腰」は手のひらよりも大きいですから、「掴む(=❶手でしっかりととらえて握り持つ)」のは難しそうな感じがします。
さらに、少し角度を変えて考察するため『てにをは辞典』も引いてみました。
すると「腰を掴む」という表現はありませんでした。これと似た表現としては「腰を捕まえる」「腰を捕らえる」がありました。こちらの方が、「掴む」よりもしっくりくるように思いますがいかがでしょう。
また「彼は流れるように私の腰を掴んで、美しい顔を近づけほほ笑んだ」というシチュエーションとして合いそうなものに、「腰を引き寄せて」というのがあります。
私は「腰を掴む」よりも、「腰を引き寄せて」の方がしっくりくるように思います。そのため冒頭の例文を直すとしたら、
——彼は流れるように私の腰へ手を回し引き寄せると、美しい顔を近づけほほ笑んだ。
と、こんな感じでしょうか。
もし「腰を掴む」という表現を使うなら、「巨人が人間の腰を手で掴んだ」という書き方なら納得いくような気がします。
皆さんは、「彼は流れるように私の腰を掴んで、美しい顔を近づけほほ笑んだ」というシチュエーションでの「腰を掴む」は、しっくりくるでしょうか。
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