Column19 「采配を振る」と「采配を振るう」のどちらが正しいか論争(中編)
(前Columnからの続きです)
まずは『明鏡国語辞典 第三版』から。
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【采配】『明鏡国語辞典 第三版』
❶昔、戦場で大将が士卒を指揮するために用いた道具。厚紙を細かく切って作ったふさに、柄をつけたもの。
❷指揮。指図。
⦿采配を振る
指揮をする。指図をする。采配をとる。
[注意]「振る」を「振るう」とするのは誤り。「采配」は武器ではないため。
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このように書いてあるのですが、説明をする前に一つだけ補足させてください。
◇相談箱◆の解説でも『明鏡国語辞典 第三版』の語釈を引用しましたが、「[注意]」の部分は意図的に外しました。「差配」と「采配」を純粋に解説するための処置ですので、もし気づいた方がいらっしゃいましたら、ご理解いただけますと幸いです。
さて、『明鏡国語辞典 第三版』では「采配を振るう」とするのは誤りとしていますね。その理由として「『采配』は武器ではないため」と書かれています。つまり武器ではないと「振るう」が使えないということです。
ということで、「振るう」という言葉を辞書で引いてみましょう。
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【振るう】『明鏡国語辞典 第三版』
❶[振] こぶしや武器などを大きく、また、勢いよく振り動かす。
「こぶしを振るって襲いかかる」
「剣[鞭]を振るう」
「機構改革に大鉈を振るう」
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「振るう」の使い方は上記以外もありますが、今回当てはまるのは❶だけであると判断したため、こちらだけ引用しております。
❶を読んでみると、「こぶしや武器などを大きく、また、勢いよく振り動かす」と書いてありますね。『明鏡国語辞典 第三版』では「振るう」に該当する動きと言うのは攻撃的なものであったり、勢いがあるもの(特に危険なレベル)に対して使うことである、ということが分かります。
私たちは、実際の
これを読む限りは、『明鏡国語辞典 第三版』の意見は筋が通っていますね。
念のため、他の辞書の語釈も見てみましょう。
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【ふるう】『新明解国語辞典 第八版』
㊀<なにヲ――>振り動かす。
「刀(木刀・角材)を――」
「筆を――[=(人のために)△字(文章)を書く]」
「大なたを――」
「メスを――[十分な△腕前で(自信をもって)メスをいれる]」
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『新明解国語辞典 第八版』でも、該当するところを抜粋いたしました。用例を見る限り「刀を振るう」は確かに「武器を振り動かす」ものなので、『明鏡国語辞典』と意見が一致しています。
しかし「筆を振るう」はどうでしょうか。武器ではないのに「振るう」が使われていますよね。意味は「人のために字を書くこと」……ふむふむ。これは「腕を振るう」と似ていますね。
「筆を振るう」を掘り下げるよりも、ここは皆さんもよく知っている「腕を振るう」で考えた方が分かり易そうなので、一旦そちらで考えてみましょう。
「腕を振るう」を言葉のそのままの意味として捉えれば、「腕を振り動かす」となり暴力的な意味として解釈することもできます。しかし、私たちは「腕を振るう」という言葉のなかに「自分の腕前・技能を存分に人に見せる」という意味があることも知っています。
これは想像ですが、「振るう」という言葉には「能力や力など、その人に備わったものを迷いなく外に出す」という意味も含まれているのではないでしょうか。
そうであるならば、「メスを振るう」という用例も理解できます。
もし『明鏡国語辞典 第三版』の「『振る』を『振るう』とするのは誤り。『采配』は武器ではないため」の理屈が全てに当てはまるのであれば、「メスを振るう」という用例は誤りになる考えます。「メスを振るう」=「メスを振り動かす」と解釈してしまったら、狂気のドクターになってしまうでしょうから。
確かに「メス」は、使い方によって武器にもなり得るでしょう。しかし、『新明解国語辞典 第八版』で用いられた用例は、メスを持って敵と対峙するようなものではなく、「メス」という道具を、きちんと活かすことが出来る人が手に持っている様子が想像されます。
技術があり、慣れているからこそ、迷いなく動くことができる――それが「振るう」に込められているのではないかと、素人ながらに思います。
もう一つの用例である「大なたを振るう」には、「思いきって切るべきものは切って整理をする」という意味があります。(『デジタル大辞泉』より)
これも少し調べてみると、『デジタル大辞泉』には「『大鉈を振る』とするのは誤り」と書いてありました。こっちは「振る」だと間違いになるのですね。
思うに「振る」では勢いが削がれるのではないでしょうか。「大なたを振るう」の意味は「思いきって切るべきものは切って整理をする」ですから、「振るう」のなかに「思いきる」というニュアンスが含まれているのではないかと想像します。
さて、もう一つ別の辞書を引いておきましょう。
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【振るう】『三省堂国語辞典 第八版』
①勢いよく振り動かす。
②勢いなどを示す。
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『三省堂国語辞典 第八版』では、「振るう」に含まれた動きだけではなく、そこから抽出される「勢い」も重視されているのが分かります。そうであるならば、
と、「振るう」だけで大盛り上がりの内容になってしまっていますが、「采配を振るう」に戻りましょう(笑)
えーっと、「采配を振るう」に反対派の『明鏡国語辞典』を見ましたから、今度はそれを認めている『三省堂国語辞典 第八版』を見てみます。
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【采配】『三省堂国語辞典 第八版』
①昔、大将が兵の指揮に使った道具。
②指揮。
・采配をふる
さしずする。采配をとる。采配を振るう〔=振り動かす〕
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「采配を振るう」の後に「=振り動かす」と書いてありますね。
「振るう」からの延長の話ですが、想像するに「采配」を「振り動かす」こともあるため、「『振るう』も良しとする」という考えを持っているのではないでしょうか。その解釈でいくと、やっぱり「采配を振るう」も否定することもできなさそうですね。
うむむ、両者共々いい勝負(笑)
では、他の辞書はどうか。長くなるので次のColumnに続きます。
(続く)
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