白と黒が手をとりあうとき
藤原くう
第1話
それはちょうど、電波塔のような形だった。もしくは、列車に巨大な艦砲をくっつけたような見た目をしていた。
そんな超巨大建造物が、街中に現れた。
街が騒然となる。
サイレンがけたたましく鳴り響き、人々が逃げ出す。この街にとって、巨大な存在が現れることは、最近では日常茶飯事になろうとしていた。
『怪獣が現れました』
スピーカーから放たれる女性の慌てた声は、ひび割れている。その声に、人々は従って逃げる。
人々の背後には、まがまがしい塔があった。その先端の湾曲したパラボラアンテナから、聴くものの精神を揺さぶるような音が、響き渡る。
人々の間で、悲鳴が上がる。重低音と超高音が、ぼよんぼよんと跳ねるようなメロディーを奏でる。人に聴かせる音楽ではなかった。その音は、兵器同然だ。
その不協和音の中に、風切り音が混じる。鉛色の空に白い線を引きながら飛ぶは、金属の翼。それは、F-5という戦闘機であった。接近した戦闘機から、ミサイルが放たれる。対地上ミサイルと呼ばれるミサイルは、標的めがけれ飛翔し、命中。爆発が生じ、爆風が、木々を揺らした。
戦闘機はくるりとターンし、黒煙の上がる周辺を旋回する。手ごたえはあった。だが、簡単に倒せる相手ではないことは、ここ何日かのことで思い知らされている。
煙が晴れる。
ミサイルを受けても、怪獣は健在だった。薄汚れていたパラボラアンテナが煤けたくらいで、ダメージと呼べるようなものは何一つもなかった。
怪獣が、甲高い音を上げる。それは、怒りの絶叫か。耳をつんざく高音に、人々は思わず耳をふさぐ。戦闘機のパイロットも例外ではなかった。ヘルメットを貫通してきた音に、パイロットはうめいた。それでも、操縦桿から手を放さなかったのは、日々の訓練のたまものだったに違いない。
しかし、パイロットは平気でも、戦闘機の方は違った。戦闘機の翼が震える。人の目からはわからないほど、マクロなレベルのこと。自分から震えているのではなく、振動させられているのだ。その原因は、他でもない超高音。
振動に耐えきれなくなった翼がぼきりともげた。翼を失った機体は安定を失い、地上へと墜ちる。地面を滑り、アスファルトに傷をつけて、止まった。
怪獣が、勝利の雄たけびを上げる。そして、パラボラアンテナを天上へと向け、光線を――。
その時だった。
誰もいない公園。脱げた靴が転がり、先ほどまで子どもが二人乗りをしていたブランコがきこきこと寂しげに揺れる、その公園で、光が瞬いた。
萩色、撫子色、薔薇色、桜色、桃色、槿色、乙女色。
似たようなピンクで構成された光は、グラデーションを生み出しながら、ハートの形に膨らんで、はじけた。
そこには、少女が立っていた。
ピンクを基調としたメイド服を着た少女が顔を上げる。その決意のみなぎった目が、怪獣のことを見据える。
「あなたのハートにずっきゅんっ!」
言いながら、少女は手でハートを作り、それを突き出す。その動作はちょうど、メイド喫茶の店員がやりそうなポーズであった。
「わたしはこの街を守る魔法少女よ!」
手から、石竹色のハートが現れ、宙で弾ける。
ラブシャインに変身した少女の名前は、花園みのり。
みのりは、この街を守る魔法少女であった。
みのりが天使と出会ったのは、数か月前のこと。
天から降り注いだ光の帯を滑るように降りてきたかと思えば、
「この街は狙われています」
そんなことを言うではないか。高校生になったばかりのみのりでもわかるほど、天使は怪しい。そもそも天使なんて存在が怪しいし、純白の衣装に身を包み、弓を手にしたその姿は、あまりに天使らしすぎている。――天から舞い降りてきたようにしか見えなかったけど、だからなんだ。
みのりは会話もそこそこに、学校へと急いだ。その背後を、自称天使が追いかけてきたが無視する。
通いなれた通学路を、みのりはパンをくわえて走る。いつもと同じ時間に家を出ていれば、あれと出会うことはなかっただろう。――天使がやってこなければ、あれと出くわすこともなかった。
街に怪獣が現れる。みのりは、怪獣の一撃によって、ぺしゃんこになった。
みのりは死んだ。
そして、生き返った。――他の世界からやってくるという怪獣と戦うための魔法少女として。
いつもは、高校生として。怪獣が出てきたときは、杖を振り魔法少女へと変身する。
魔法少女の名は、ラブシャイン。愛の力を武器に戦う女の子だ。
ラブシャインは快刀乱麻の勢いで、迫りくる敵をちぎっては投げちぎっては投げる。その活躍を説明するには、25話くらいなければできないだろう。その間には強敵も現れたが、そのたびに、新たなる力に目覚めて、敵を打ち破っていった。
しかし、この日は違う。何となく、嫌な予感がしていた。空はどんよりと曇っており、空気はどこか重たい。明度が低くなっているような錯覚にとらわれる。たぶん気のせいだろう。
変身完了したラブシャインは、首を振った。考えている暇はない。
――今日はわたしの誕生日。パパとママが家で待ってるんだからっ!
杖の先端に装填された白百合のカプセルを引っこ抜き、腰のホルダーに入れられた撫子のカプセルを取り出し、突き刺す。薄いピンクに発光し、その光が、ラブシャインの体を包み込む。メイド服のベースカラーが微妙に変化する。撫子色に包まれたその姿は、純愛の力をその身に宿したラブシャインの一形態。色だけではなく、服装も花びらのようなフリルがあしらわれ、杖からは撫子色の刀身が伸びる。
その圧倒的な愛の力は、いくつものキョムーン――世界から感情をなくさんとする怪獣たち――を屠ってきた、ラブシャインの現段階での最大戦力。
ラブシャインの体がふわりと浮かび、怪獣めがけて飛ぶ。背中からは、ピンクの粒子が放出される。さながら、闇を切り裂く流星のよう。
「ラブパンチっ!」
なんの捻りもない言葉を発し、吶喊の勢いそのまま上半身を捻ると、こぶしが桃色に揺らめく。愛の力は絶大で、悪を払う力があった。悪いものだけを傷つけ、いいものには何の影響もない。破邪の一撃。
その一撃が、塔のようなどてっぱらに突き刺さる。――いや、違う。突き刺さる直前で、桃色の一撃は止まっていた。見えないバリアのようなものが、そこにはあり、こぶしを受け止めていた。
ラブシャインが叫ぶ。体から放出される粒子は勢いを増す。威力も上がり、拳は数センチほど巨体へと近づく。しかし、それだけであった。
「この!」
左手に現れた杖を振るうと、バリアが切り裂かれ左から右へと下がる一筋の線が走る。だが、その線はすぐに消えていった。バリアが自己修復したのだ。
なおも攻撃をしようとしたところで、ラブシャインの体が吹き飛ぶ。まるで、トラックと正面衝突されたような勢いに、ラブシャインは悲鳴を上げながら吹き飛ばされていく。怪獣の鉄骨のような腕が、ラブシャインを殴ったのだ。
吹き飛ばされたラブシャインは、何度か跳ねてゴロゴロと転がり、止まった。
赤い液体が、ひび割れたアスファルトに落ちる。
口元が切れていた。強く打った体は、ひどく痛む。ガンガンと頭痛がした。
膝を笑わせながらも、それでもラブシャインは立ち上がる。
自分がやらないと、この街は、世界から、愛をはじめとした感情が喪われてしまう。
ラブシャインは、直線上の怪獣を睨みつける。相手も何かを察したように、顔のようなパラボラアンテナを、ラブシャインへと向けた。
少女の手が、剣と化した杖をきつく握りしめる。全身のラブパワーが、陽炎のように揺らめき、体を覆っていく。そのオーラのような力は、手から杖へと移っていき、桃色の刀身を長く広げた。そして、彼女自身の背丈の二倍はある、大きな剣がそこに姿を現わす。
それをしかと握りしめたラブシャインは、切っ先を後方へと向ける。
背中で光のナデシコが花開く。それはスラスター。六つの花弁は少女の号令を待つかのように、わずかに震えていた。
時が止まったかのような静寂。
「うわあああぁっ!!」
咆哮とともに、ラブシャインは怪物めがけて飛び出した。それは、空を奔る桃色の稲光。
怪獣が、音波を発する。建物が揺れ、共振した窓がバリンと音を立てて割れる。音を防ぐことはできない。顔をしかめながら、それでも前へと突き進む。
禍々しい巨体が目前に迫る。腕が、コバエを払うかのように横へと振るわれる。ぶつかる寸前、稲光が急上昇した。
歯を食いしばり、かすめながらも腕を回避。怪獣の体に巻きつくような軌道で、上昇。そのまま天高く昇ったところで、止まった。
怪獣は、ラブシャインを見失ったようで、きょろきょろとその体を右へ左へ動かしている。
ラブシャインは最上段に構え直し、そして、降下した。
ピンクの光が一閃し、辺りに轟音と衝撃がまき散らされる。
誰もが、勝利を確信したことだろう。人々はここ何日も、魔法少女が勝ちを収めていたことを知っている。
だが、今回ばかりは違った。
光が晴れ、瞼を開けた人たちが目にしたのは、倒れ伏した少女の姿。
その姿を見た怪獣は、体を揺らし黒い光を発する。それは、シャワーのように街へと降り注ぎ、霞のように広がったかと思えば、すっかり覆ってしまったのだった。
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