第8話

「エリナが帰ってきたんだって!」

 今日はこれで何人目だろうか?

 母のほうだと思って顔を見に来る人たちが、大勢いることに驚いた。

 そんなに人脈が広かったのかと……。

 やってくる人のほとんどが傭兵ホーネツトであり男性だ。

(ひょっとして、この中に自分の父がいるのかな?)

 そんなことを一瞬思った。

 しかし、母ではないとわかると、すぐに興味を失くし、顔も見ないでさっさと帰っていってしまう。

 それをいちいち対応していると、だんだんと嫌気がさしてくるし……少々、母親に嫉妬しつとも沸いてくる。

「アルビオンだ」

 そんな中に人一倍の巨漢が紛れていた。

 アルでいいというこの男を、ジークフルート改めケイトは来るのを待っていたようで、エリナを直々に紹介してきた。

 エリナはドリーアン族を初めて見る。

 数年前までこのコンスティテューション連邦は、ドリーアン族のネグヴァー帝国と対立をしていた。戦争とまでは行かないまでも、小競り合いがしばらく続き敵対していた種族だ。

 多種族国家であるコンスティテューション連邦でもそう言った理由で、入植が少ない種族だ。

 さてドリーアン族のこの男の特徴は、2メートル近い身長に皮膚はグラウ・エルル族とは違った赤黒い色。レスラーのようにがっちりとした体格。髪は黒髪で少々白髪交じり。顔は彫りが深く少々角張っている。どちらかといえば二枚目の部類に入るだろう。だが、一番の特徴は眉から頭頂部に渡るカメの甲羅のような突起物だろう。

「お前が、エリナの娘のエリナでって、何だかややこしいな」

 と、彼女をその巨漢は上から下へと見まわす。

 瞳は黒に近い紺色。それはよく言えばタカのように鋭い目であり、悪く言えば目つきが悪いだけだ。

 そんな目で見られて、というよりにらまれていると感じて、彼女は少々おびえていた。

「エリナに似ていないが、どこかで見たことある顔だな」

「父親似なんでしょ」

「ケイトさんよ、この子の親父おやじは誰だ?」

「それが分かれば、こんな桟橋屋になんかにいさせないわよ」

「俺は……あいつに手を出した記憶がないな」

「そんなこと、この子の前で言わない。

 それよりもホーネットとして……いや、それ以前に飛行機乗りとして、この子を見極めたいのよ」


 エリナはこの桟橋屋で一番小さいサイズの飛行服を着せられた。

 上下が一体となったもので、中は分厚い毛でおおわれている。それに飛行帽と分厚い手袋までつけられた。かなりの防寒で、春の終わりにしては熱いかもしれない。

 しかし、これでも飛行機に乗って空に上がれば足りないぐらいだ。案外知られていないが、大ざっぱに言って100メートル上がるたびに、1度ほど温度は下がる。あの彼女の持つアンチョコにも『上空は寒いから厚着は必要』と書かれていた。

 今まで、農薬散布や種まき程度しか飛んでいなかった彼女だ。いつもは普段着で飛んでも問題なかったが、突然の重装備に少々戸惑いと、これから起きることに期待感が満ちていた。

(どんなことをするか知らないけど、絶対、乗り越えて見せる)

 さて、着替えが終わると、アルの後ろについていき、整備棟を抜け桟橋に来る。

 そうすると、あの黒い機体が準備されていた。

「エンジンは暖まっているか?」

 アルの言葉に機体の上にいるローナは無言でうなずいた。

 プロペラが回っている。エンジンの低い回転音が聞こえてきた。

 飛行機のエンジンというのは、思っている以上にデリケートでいきなり動かすと壊れてしまう。エンジンを動かして、中のオイルを十分に行き渡らせなければダメになるらしい。

 母にも言われたが、準備体操のようなものだ。

 突然、走り出すと心臓が痛くなるのと同じだとか……。

「お前は後ろな」

 この機体、どうやらふたり乗りらしい。

 彼女はまだ知らないが、彼の機体はリバーケープ社製の双発戦闘機『ドラゴンキラー』という。陸軍には陸上機として『二式複座戦闘機』として採用されている双発戦闘機だ。それを民間用にエンジンナセル下に各一基ずつ、大型のフロートが付いている。

 エリナは彼に言われるまま、後ろの席に座った。

 目の前には操縦桿。前方のパネルにはいろいろな計器やスイッチが並んでいる。

 自分が乗っていた複葉機は、エンジンが1つで燃料タンクも1つだった。そのために計器などは片手で数えられるぐらいしかなかったが、こちらはどうだ。両手両足あっても足りないだろう。エンジンが2つあるのは外見で分かっていたが、燃料タンクやその他ほかにもあるということか?

「こんなので驚いていたら、ホーネットは務まらんぞ」

 そんなのを見て目を丸くしているのを感じてか、アルは応えた。

 そして、脇に置いてあったヘッドフォンを付けるように催促され、席の後ろからベルトを引っ張り出し、体を固定するように言う。

「こいつは後ろと前で、同じように操縦できるようになっている。

 新人の教育アルバイトも結構な金になるからな。別に今回はお前さんに操縦させる気はないから――」

 そう言いながら、彼女の前にあるパネルの端にあるチャンネルをひねった。と、どうだろう、計器に豆電球の明かりが付いていたのだが、一斉に消えてしまった。

 それでも操縦桿や足元のペダルは、動かすと抵抗はある。。

「勝手に触るんじゃないぞ」

 アルは念を押した。

 先ほど彼が触ったチャンネルは『off』の位置を指している。

 どうやらあのチャンネルで、後方の座席でも操縦ができるように切り替えができるようだ。未だ計器の針は動いているが、薄暗い中では見にくいであろう。

「じゃあ、あとこれな」

「何ですかコレ?」

「試験のためだ」

 渡されたものを見て少々驚いた。

 目隠しをしろと、黒い布を渡されたのだ。

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