第7話

 上の階の物音でエリナは目を覚ました。

(まだ日の出前なのに、何だろう……)

 窓越しに空を見れば、ようやく東の空の端が変わり始めている程度で、空は星空。

 もう少し寝ようかどうか悩んだが、その足音が行ったり来たりで、なかなか寝付けない。

(ひょっとして、泥棒!?)

 まさか、とは思った。

 都会にこんな時間から働く人なんていないと思っていた。なにせ、こんな明け方に活動しているのは、故郷の農家ぐらいだろうと考えていたから……。

 そのうち、3階から1階へ、最後には外のドアが開く音が聞こえた。

(後ろからそっと覗くだけなら、大丈夫よね)

 泥棒であったら怖いが、エリナはベッドから抜け出し、足音を立てないようにそっと階段を降り始めた。

 そして、そのドアを開ける。

 足音の人物は、裏の整備棟へと向かったようだ。

(飛行機はこの時間、飛んじゃ駄目だし……)

 彼女には理由はよくわからない――実際は航空管制の不備や種族の生活習慣などで禁止されている――が、母親から「夜を飛んではダメ」と言われていた。

 だとしたら、こんな時間からあのホワイト・エリオン族のローナは仕事をしているのか?

 だが、そうでもなさそうだ。

 恐る恐るドアを開けたが、整備棟は人影どころか、照明もついていない。

 あの足音の持ち主はそこを更に抜けて、桟橋のほうに向かったようだ。

 しかし、妙な感じがする。泥棒かと思っていた人物は、配膳台ワゴンを押していた。

 そして、向かっているのは桟橋の先に置かれたテーブルとアウトドアチェア。

「ジークフルートさん!?」

「ひとり分しかないわよ」

 そこにいたのは、昨日の夜、結局会うことができなかった人物。

 気だるい顔をして、エリナを見る。

 今日の朝食なのか、手にはマグカップ。ワゴン台の上を見ると、トーストとジャムの瓶、ポットに……なぜか短銃が乗っていた。

「朝食ですか? いくらなんでも、こんな朝早く……」

 不思議な行動をするものだ。

 そう思っていたが、薄暗い海の上を見まわしていると、隣の桟橋の端に同じように朝食の用意らしきことをしている人がいるではないか。

(ここの人たちは、こんなに朝が早いのかしら?)

 とは思ったが、もうひとりの住人ローナの姿が見えない。

 東の空が明るくなり、周りが少しずつ見えるようになってくると、ワゴンの上の短銃を手にした。

 そして、空に向かって掲げる。それと同じくして、東の空の端から太陽が顔を出した。

「おはよう!」

 と、ジークフルートは短銃の引き金を引く。

 エリナは突然のことでびっくりしたが、同じように隣の桟橋でも……いや街中のあっちこっちから銃声が響き渡ってくる。それどころか、どこかで大砲の音まで聞こえてくるではないか。

 ジークフルートは何事もなかったかのように、短銃を置くと、ひとり朝食を取り始めた。

「えっと、これは……」

「太陽神に挨拶あいさつしているのが悪い?」

 不思議そうな顔をしながら、マグカップのコーヒーをすする。

「そんなことはありません」

 宗教問題こういうのはデリケートな問題だから、あまり関わらないほうがいい。と、あのアンチョコに書いてあったことを思い出した。

(宗教なのか……そういえば、グラウ・エルル族は赤道のほうが故郷で、太陽を神様とかってあがめるんだっけ?)

 初めて見る行為だったが、明るくなってよく見れば、隣の桟橋にいる人物も顔はよく見えないが、グラウ・エルル族らしい褐色の肌をしている。

「ところで、ジークフルートさん」

「私の名前は、ケイト=ヴァル=ジークフルート。ケイトでいいわよ」

「では、ケイトさん。わたしのことなんですが、やっぱりここで雇ってもらえませんか?

 もうここしか行く場所はないんです。母も死にましたし、故郷もドラグーンに……」

「故郷の人はどうなの? 親しい人とかいたんじゃない?」

「村長はよくしてくれましたが、親戚もいませんし……」

「星が落ちた時に、ほかの種族をまとめ上げたヒューリアン族にしては、冷たいものね。

 ところで父親は?」

「父……」

 エリナはそれを考えなかった。いや、いてくれたほうがどんなに楽か……。

 実は母、エリナ=グラーフは彼女に自分の父親が誰でどこに住んでいるのか、言わなかったのだ。

 あのアンチョコにもそれは一切記載されていない。

「知らないんです。誰なのか。母は教えてくれませんでした」

「あの女、肝心なことを娘に教えていないのか」

「当てがあるのは、もうここぐらいしか……。

 飛行機の操縦はできます。母に教わりました」

「複葉機で、種まきや農薬散布程度の技能ではここでは通用しなわよ」

 ウッとエリナは声を詰まらせた。

 ケイトが言うように故郷でやっていたのは、種まきや農薬散布。しかも母から譲られたのは布張りの複葉機だ。あの整備棟に入っていたように全金属機など操縦したことがない。

 しかし、ここで引いてはいけない。

「では、食事や掃除なんかもお手伝いします」

 初めて店のありさまを見て、うすうす感じていた。

 このケイトとローナはそういうところが弱いのではないか、と……。

 そこに付け込めば、雇ってもらう以前に、この街にいられるかもしれない。

「そうね。そのあたりの人手も不足しているし……でも、雇う前に試験を受けてもらうから、覚悟しなさい」

「試験ですか?」

「そう、傭兵ホーネツトになるための条件よ」

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