傭兵の条件~バトル・オブ・ドラグーンより~

大月クマ

第1話

 エリナ=グラーフが最近見る夢は、あの忌まわしいドラグーンによって故郷を失った日のことばかり。

 彼女はその日も飛んでいた。母親から譲られた飛行機で……。

 種まきや農薬散布が主だった布張りの複葉機など、今更こんな飛行機でドラグーンに対抗なんてできない。

 鈍いし高くも飛べない。

 こんな機体が戦場に出てきたら、逆にほかの人たちに迷惑をかけるだろう。

 まあ、彼女の祖父やそれ以前の世代ならまだしもだ。

 たとえるなら自動二輪バイクの集団に、三輪車で突っ込んでいくようなものだ。

 最初は自分も戦う、と手を挙げたがほかの人たちに説得される形で、故郷の避難作業へ回った。子供やお年寄りを安全な土地に送り届けること。彼女の機体に課せられた任務だった。

 それはそうだろう。


 当時16歳の少女にドラグーンとの戦闘が務まるか。

 それが周りの大人の評価だった。


 だが、それは避難場所との往復を何度目かのときだ。

 陸軍が早々に引き上げる、と聞いたのは……。

 ドラグーン迎撃戦バトル・オブ・ドラグーン。故郷の防衛のかなめとして軍隊がやってきていた。

 お金があれば、腕の立つ傭兵たちを大量に雇えたのかもしれない。だが、小さな村ではそれは不可能だ。

 だから、国に頼った。

「弱腰の陸軍航空隊なんかに務まるか」

「強気の海軍航空隊のほうがよかった」

「そもそも軍隊が本気で、田舎を守ってくれんのか」

 そんな言葉を最初聞いていたが、さすがに今時ドラグーンを散らすことなんて簡単だろう、と故郷の人たちは思っていた。


 ドラグーン。


 人類の敵、と真っ先に学校では教わった。

 巨大な翼に、巨大な腕と脚。かぎづめは岩おも引き裂き、その皮膚は鉄のように硬い。巨大な口からは、魔術を使わずとも火球を放つことができる。

 その火球が幾人いくにんの人の命を奪ったことか……。

 明らかにこの世界の生物とは異なる進化を遂げた化け物。


 千年前、隕石『ペトローレウム』がこの世界に落ちてきた。

 それによって引き起こされた天変地異を何とか乗り切った人類に、星の落下地点――『灰色の雲』と呼ばれる落下地点を中心に半径一万千キロに広がる雲の中が、ドラグーンの生息地と言われている――から突如現れ襲い掛かり始めた化け物。


 それが『ドラグーン』だ。


 ドラグーンは集団で町や村に襲いかかり、水を奪い、大地を削り、そこにいた人や動物までも持ち去っていく。

 そこに残るのはかたい岩石がむき出しになった大地だけ。


 人類側もそんな化け物に指をくわえて見ていなかった。

 すぐに腕の立つモノが武器を取り、巨大鳥や竜にまたがり、大空で対抗するようになった。

 この千年近くの間、何度も何度も打ち負かされてきた。だが、人類共通の敵であるドラグーンに対して、種族を超えて挑み続け、いつしか武器は槍や弓から銃に変わり、巨大鳥や竜は金属の塊、飛行機へと変わっていくことに……。

 そして「ドラグーンも武器さえあれば恐れずに足りない」とまでになってきた。

 

 だけれど……。


『これ以上、迎撃しても切りがなく、戦力も消耗するために陸軍としては撤収を決断する』

 彼女がそれを聞いたのは避難先のテントの中。

 誰かがいじっていた無線機が、一方的に撤収を決めた陸軍の放送を受信したのだ。


 その後の自分の記憶はあやふやになる。

 故郷が消えてしまうかも、と聞いていても立ってもいられず、自分の機体に乗り込んだ。

 勿論もちろん、この飛行機には戦うための武器など積んでいない。

 最初は止めていた大人たちも彼女の真剣さが伝わったのか、無理をしないことを条件に、余っていた機関銃を据え付けてくれた。

 7・7ミリ機銃……ドラグーンへは十分な殺傷能力がある。

 彼女の機体には世界統一規格で作られてた。機関銃をのせる設置箇所マウントが用意されているので、取り付けるのは簡単だった。

 そして、操縦桿を握った彼女は、故郷の空に群がり始めたドラグーンに突っ込んでいった。

 初めての戦闘……初めて、機関銃を撃った。

 勿論、練習すらしていないものだから当てることが出来ないが、蹴散らすことはできた。

(ひょっとして、このまま蹴散らせれば……)

 そんな油断した時だ。ガクッと飛行機のスピードが落ちた。

 見上げると上翼に1匹の小型ハンマー型のドラグーンが取り付いた。

 その爪が布の翼を簡単に引き裂き、開いた翼の傷口から顔を突っ込んでくる。

 そして、口からは今まさに火球が放たれようと、歯の間から炎が噴き出しているではないか。

(やられる!)

 彼女はそのドラグーンと目が合った。その瞬間、何とか振り落とそうと操縦桿やフットペダルを右へ左へと無我夢中で振り回した。

 どうやって飛んでいる……いや、飛んでいることが不思議なぐらい滅茶苦茶めちやくちやに振り回す。

 そして、自分がどこをどう飛んでいるかも分からないまま……彼女は落ちた。

 落ちる瞬間、目にしたのは迫ってくる湖と、そこに浮かぶ鉄の船。その船の近くに突っ込むように落下し、水面に投げ出された。

 身体に力が入らない。

 投げ出された衝撃もあるかもしれないが、冬の冷たい水は体温を容赦なく奪っていったようだ。

(死は苦しいものだ、何て聞いたけど、案外あっさりと死んで……)

 視界が薄れ、意識が遠くなっていく。

 今日の夢はそこで終わり、彼女は大きなベルの音で目を覚ました。

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