【ショートショート】貯毛

ウドンタ

第1話

 おい、こんな山奥で何してる。ここはおれの縄張りだぞ。

 なに? 雑誌の記者? おれの話を聞かせてほしいだって?

 ふん。いつもだったら追い返すんだが、アンタは運がいい。今日は少しだけ、誰かと話したい気分だったんだ。

 ああ、みなまで言うな。遠慮しなくていい。この際だから全部話してやるよ。

 おれは貯毛で億万長者になったんだ。

アンタも知ってるだろうが、貯毛っていうのは文字通り毛を貯めるシステムのことだ。 おれが開発した。正確には発毛のメカニズムそのものを貯蓄するんだが……なに? 貯毛を知らない? たしかに一昔前の技術ではあるが……アンタ、勉強不足だぞ。

 まぁ、いい。とにかくあったんだよ。貯毛っていうのが。

 生来、おれは人よりも毛が伸びる速度が異常に早くてな。週に一度は散髪に行かないと追いつかないくらいだった。これがまた面倒でな。金もかかるし、うんざりしてたんだよ。 そこで貯毛だ。発毛をコントロールできるようになれば、散髪に行かなくてすむだろ?

 幸いにもおれは天才だったから、貯毛のシステムを構築するのにそう時間はかからなかった。どうやったかなんて聞いてくれるなよ。特許はまだ手放してないんだ。

 こうしておれは貯毛するようになった。

 快適だったよ。散髪だけでなく、ヒゲを剃る必要もなくなったし、ヘアスタイルを変えたくなったら貯毛を下ろせばいい。どんな髪型も自由自在さ。

 とまぁ、おれは一人で貯毛を楽しんでいたわけだが、ある日、隣の家の爺さんにその髪を分けてくれって言われたんだ。爺さんはハゲてたから、毛量の多いおれが羨ましかったんだろうな。おれも特に髪に困ってなかったから、軽い気持ちで貯毛を融通してやったんだ。爺さんはあっという間にフサフサさ。大喜びした爺さんはおれに小遣いをくれたよ。結構な額をな。

 そこでおれはピーンときた。貯毛は金になるってね。

 世の中、ハゲで困ってるやつは山ほどいるだろ? そいつらにおれの貯毛を融資してやるのさ。少しばかりの手間賃を頂いてね。

これが当たりに当たった。

 新時代の資産運用だと言ってもいい。

 どこから聞きつけたのかは知らないが、まるで飴玉に集まるアリンコみたいに毛髪の薄い連中が殺到した。

 おれはせっせとワカメを食べて毛を増やしたが、それでも足りなくてあちこちから毛を集めるようになった。

 大衆から集めた毛をひとまとまりにして運用、成果を分配するんだ。投資信託ならぬ、投毛信託だな。

 集めたのは髪の毛だけじゃないぞ。ヒゲに胸毛に脇毛にスネ毛、それからシモの毛だ。 毛と名のつくものはなんだって集めた。元がどこの毛だろうが、頭に生えれば顧客は満足なんだからな。

外国毛にも手を出したぜ。米国毛は安定してるがいかんせん高い。当時は中国毛、ロシア毛あたりが狙い目で……おっと、話が脱線したな。

つまりだ、いつの間にか貯毛がおれの全てになっていたんだ。世界中の毛を牛耳ることは、世界そのものを牛耳ることだと信じていたんだな。

おれはとっくの昔に億万長者になっていたが、それでも飽き足らず、狂ったように毛を集め続けていた。大量の資金と人材をつぎ込んでな。

だが終わりは突然やってきた。

そう、脱毛ブームだ。

レーザーで毛根を焼き切って、半永久的に生えないようにする連中が爆発的に増えたんだ。ムダ毛処理は大人のエチケットとかうそぶいてな。無駄な毛なんてこの世に一本たりともありゃしないって言うのに。

 脱毛ブームの煽りをまともに食った貯毛は完全に下火になっちまった。不経済かつ不衛生、もはや旧世代の遺物だってな。

確かに預り金をいくらか取ってたけど、金がかかるのは脱毛だって同じだろう? 投毛の分配金だってちゃんと払ってたし、放っておけばただ伸びて切るだけの毛を必要な連中に充てがってたんだ。むしろおれは毛を、経済を回していたんだよ。不経済だなんてとんでもない言いがかりだぜ。

 それに不衛生ってなんだよ。他人の毛を使うからか? おっさんの毛だろうがぴちぴちギャルの毛だろうが、毛は毛だろうが。毛に貴賤はないとおれは考えるね。やつらの思想はレイシストのそれに近い。

 そもそも……え? また話が脱線してる?

ああ、すまん。ちょっと興奮してたみたいだ。昔のことを思い出すとどうしてもな。

 そこから先はまぁ、お決まりの展開だよ。 貯毛が下火になったせいで顧客が激減して、多額の損失が出て、株主が怒って、投毛家も怒って、会社は倒産。おれは身ぐるみを全部剥がされて一文無し。

 今じゃすっかり落ちぶれて、人に会うのも怖くなっちまったから、こんな山奥でひっそり暮らしてるってわけだ。

 驕れる者は久しからずとはよく言ったものだよ。栄華を極めるなんてのはどこまでいっても一時的なものなのさ。人間、地道にコツコツやるのが一番ってね。

 しかし、人間の執着ってのは恐ろしいもんだ。まさにおれのことだがね、金も家も車も手放したが、どうしても手放せなかったものがあるんだ。

 そうだよ、毛だよ。

 金に飽かせて、集めに集めた大量の毛。もう毛の価値は暴落していて、二束三文にもならないって分かっていても、どうしても手放すことができないんだ。

 管理する金も場所もないから、集めた大量の毛は見ての通り自分の身体に生やしまくってる。これじゃまるで毛玉のオバケだ。

まさに執着だよ。この毛があればもう一度やり直せるとでも思ってるのかな、おれは。

随分と長話しちまったな。参考になったか、記者さんよ。記事のタイトルは『元・億万長者の今!』とかどうだ? 

 ははは。落ちぶれたからって、あんまり酷いことばかり書かないでくれよな。

 は?

 アンタ、オカルト雑誌の記者なのか?

 ここには謎の毛むくじゃら星人が出ると聞いてやって来たと。

 ……そういうことは早く言えよな。

 (了)

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