【第一部】第二十七章 稲姫の記憶 後編【一】別れ

 カグラと出会ってから1年が経った。

 

 夏には川に行って遊んだり、魚を釣って焼いて食べた。


 秋には稲穂の収穫を村人と一緒にやり、おいしいごはんをご馳走してもらった。


 冬には雪だるまを作ったり、おもちを焼いて食べた。


 大切な思い出がたくさん出来た。



――そして、その日は突然やってきた。



「嫌でありんす!」

 

 カグラが「まいったな」と、困ったように頬をかいているが、絶対に嫌だ!


「また会えるよ」


 そう。カグラが、お別れの挨拶に来たのだ。


「オレの一族が色んな地を巡ってめぐって神様達に会いに行ってるのは前にも言っただろ? 俺も一族の一員として、行かなきゃいけないんだ」


 そんなの知ったことじゃない。カグラがいなくなるなんて考えられない!


「なら、わっちもついて行くでありんす」


「その気持ちは嬉しいけど、村の人達が困っちゃうだろ?」


 村の人達が自分のことを頼りにしてるのは知っている。穀物がここまでよく実っているのは、うぬぼれではなく、自分の力が大きいこともわかっている。村の人達が大事だ。でも――


「また会いに来るからさ」

「……つぎはいつ来るでありんすか?」


 カグラが言い辛そうに言う。


「四年後に――」

「カグラのばかぁ!!」


 耳をふさいで、神社から走って逃げ出した。



 神社から一心不乱に走って逃げた。これ以上、あんな悲しいことは聞きたくない。


 山の中を夢中で走ってきたからか、ここがどこだかわからない。疲れてその場にへたり込む。辺りはすっかり暗くなっていた。


「カグラのばか……」


 また涙が溢れてくる。お腹がすいた……喉もかわいた。『ぎゅ~っ』とお腹が鳴る。


 どこからか、川のせせらぎが聞こえてきた。水を飲めないかと思い、ふらふらと向かう。川に着くと、水を手ですくい、口に運ぶ。


――すると、不意に背後の草むらから音がした。野生動物だったら怖いが、もうどうでもいいやという気分になっていた。――でも、それは野生動物じゃなかった。


「探したよ」


 カグラだった。落ち着いてるように見えるが、服や身体が汚れ、肩で息をしている。必死に自分を探してくれたのだろう。それを見て、また涙が溢れあふれそうになる。


「渡したいものがあるんだ」


 カグラは近づいて来て、ふところから首飾りを取り出して見せてきた。それは、薄青く輝く石をヒモでくくってあった。


「これって……」


 カグラがいつも肌身離さず身につけているものだった。気になってカグラの首元を見ると、首飾りはしてある。


「これは、うちの一族に古くから伝わる石を首飾りにしたものでね。大昔、神様とうちのご先祖様が友好の証として、石を二つに分けてお互いに持つようにしたんだ。どんなに離れていても、お互いを感じられるようにって」


 カグラはそう言って、自分の首飾りの石を手に持って、それと並べて見せた。


「オレの石とペアになってるのがこの石なんだ。これを稲姫にもらって欲しい」


 そう言って、手渡そうとしてくる。


「――けて」


「ん?」


 カグラが聞いてくる。


「かけて欲しいでありんす」


 うつむきながらお願いする。


 カグラは優しく微笑みながら後ろに回り込み、わっちの首にそれをかけてくれた。


「キレイ……」


 石を手に取り眺める。それは、薄青い神秘的な輝きを放っている。


「これがある限り、オレ達は必ずまた会えるよ。そういう伝承なんだ」

 


――主様がそう言うと、周囲にホタルがたくさん現れ、わっちらを祝福するように辺りを明るく照らしていたでありんす。

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