【第一部】第十四章 稲姫の記憶【三】村人に警戒されるカグラ

「ふ~ん♪ ふ~ん♪ ふぅ~ん♪」

「あら? お稲荷様、今日はご機嫌ですね」


 カグラが遊びに来た翌日。いつものようにキヌが村からお世話に来てくれている。縁側で足をぷらぷらしながら鼻歌を歌っていると、キヌが声をかけてきた。


「キヌ! これからわっちのことは、“稲姫”と呼ぶでありんすよ!」


 そう。昨日、カグラにつけてもらった名前だ。これからはそう呼ばれたい。


「急にどうされたのですか?」


 キヌは笑顔で境内の掃き掃除をしながら聞いてくる。


「昨日、お友達ができたでありんす! それで、この名前をつけてもらったでありんすよ!」


 友達ができた喜びと合わさり、とても嬉しい。キヌにも喜んでもらいたかったのだが――


「誰がそんな不遜なことを」


 キヌは掃き掃除の手を止め、怒った顔でそう聞いてきた。


「村の子供がそんなことを言ったのですか?」


 キヌが近づいて来て、わっちの肩をつかむ。


「ち、違うでありんす! 村の子供ではござりんせん。――キヌ、どうしたでありんすか!?」


 いつもと違う、怒ったキヌにどぎまぎする。まるで、村の子供がわっちにオイタをした時のようだ。


 キヌは、はっとしたようにわっちの肩から手を離し――


「も、申し訳ございません。ご無礼をお許しください」


 頭を下げて掃き掃除に戻って行った。



 そんなことがあってから、村人が神社に何人か常にいるようになった。クワやスキなどの農具を持って、辺りを警戒している。


 いつもは放置すぎるくらい放置なのに。カグラが遊びに来にくくなると嫌だ。


 村人に何度も帰るように言ったが、「お稲荷様の御身をお守りさせてくだせぇ」と言って、引き下がらなかった。


 この日も、翌日も、カグラは神社に来なかった。村人が張り付いているからなのかなと思うと、すごく悲しくなる。


 だけど、とある日――



「うわっとっと!」


 前と同じ草むらからカグラは現れた。何かにつまづいたのか、おっとっと、という感じでバランスを崩している。


「カグラ!」


 嬉しくて思わず大声で呼びかける。すると、神社にいた村人が農具を持ってわっちの前に集まってきた。


「お稲荷様、お下がりくだせぇ! ――この不埒者ふらちものめ、何者だ!」


 村人達はカグラに向けて農具を構える。その先にいるカグラはきょとんとしている。


「え~っと……」


 困ったように頬をかきながらカグラが近づいてくるが――


「止まれ!」


 農具を構える村人の大声で、「困ったな」と、カグラは歩を止めた。


「や、やめるでありんす! カグラは遊びに来ただけでありんすよ!」


 わっちから村人達に言っても、構えた農具を降ろさない。言うことを聞かず、「お前たちこそ不敬じゃないか!」と腹が立ってくる。村人に大声で抗議しようと口を開きかけた、ちょうどその時――


「お、お待ちください!」


 拝殿を掃除していたキヌがこの事態に気づき、急ぎ走り寄ってきた。


「ど、どうかご無礼をお許しください!」


 そう言うと、地面に膝をつき土下座した。――


「お、おみゃあ、何しとるんじゃ!」


 いきなり始まったキヌの突飛な行動に、農具を構える村人たちが動揺してキヌに怒鳴る。キヌは顔を上げて村人達をにらみ――


「見てわからんのですか! この方は<御使みつかい>ですよ!」


 キヌがそう言った途端、村人達の顔が急激に青褪あおざめ、そろって土下座する。――カグラに。


「し、知らんかったとです! お許しくだせぇ!」


 急な事態にポカンとする。当のカグラはというと――


「断りも入れずに来てしまったこちらが悪いです。どうぞ顔をお上げください」


 焦って村人を立たせようとするが、「いいえ! こちらが悪ぅございます!」と、なかなか顔を上げない。カグラが困ったようにこちらを見るので――


「お主達! いい加減に顔を上げて立ち上がるでありんす! カグラが困ってるでありんすよ!」



 わっちがそう怒鳴ると、村人達はやっとのことで顔を上げて立ち上がったのでありんす。


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