第27話 横穴を移動中


「あたし達が立っても頭はギリギリつかないし、スコップを使いやすいように幅も取ってるよ。あと、掘り起こした土を持ち出すためにも広くしてあるけど」

「それなら私も行動できますね。ちなみに底までの距離はいくつぐらい?」

「だいたい六メートル、十はないはず。しっかり測ってないからだいたいだけど」


 ふむ、と春子は顎に手を置いて考え込む。ヴィルドールと鬼無国では距離の単位は異なる。六メートルと言えば、六町ほど。幼少期、兄達と遊びで崖から飛び降りた時と同じ高さだ。あの時は春終わりで森も豊かに芽吹いていたため、直撃は免れたため怪我を負うことはなかった。アルロー姉弟が掘った穴は敷布など置いていなさそうだが、春子も大人になった。飛び降りても問題はないはず。

 そう判断すると春子は穴へと飛び降りた。


「あんた! 何してんの!? 生きてる??」

「ちょ、春子ちゃん!?」


 底へ降り立った春子は思ったよりも衝撃が無かったことにほっとする。頭上から降ってくる悲鳴に「大丈夫。生きています」と返した。


「怪我はないの?! あとなんで飛び降りたのよ!」

「縄梯子を使って、底に降りるなら私はつっかえてしまうわ。飛び降りたら勢いでつっかえることなく底へ行けると思って」


 明かりがないため、視界は真っ暗だ。恐る恐る両手を彷徨わせると左手を宙を掻く。リュシルの言う通り、横穴は広く作ってある。


「あのリュシル、明かりを持ってきてくださらない?」

「はあ? ちょっと待ってなさい!!」

「あとスコップというものも。……うーん、素手でもいけるかしら」


 土壁に触れて硬度を確認していると独り言が聞こえたのかリュシルの怒声が降ってきた。


「スコップ使いな! 素手で掘ろうとすんな!」

「でも春子ちゃんなら素手でもいけそう……」

「んなわけないでしょ! ほら、スコップ持ってきて」

「穴奥に置きっぱにしてるよ」

「あ、そうだったわね。なら、あんたは土を捨ててきなさい」

「人使い荒い……」


 子猫の喧嘩を春子が温かい気持ちで聞いていると空が明るくなった。陽光よりも力強い明かりはゆっくりと春子の元へと降りてきて、近づくたびにリュシルのなぜか疲れ切った顔を照らす。


「本当に常識外でいい根性してるよ。養生って嘘なんじゃないの」

「ええ、嘘ですね」

「ほら、やっぱり。……え、本当に?」

「私が長旅で疲れるとでも?」


 リュシルはすぐさま首を振った。


「兵士を殴り飛ばすわ、この穴を落ちても無傷だわ。まったく思わない」

「ふふっ、丈夫なのが取り柄なのです」

「ならなんでシヴィル領にきてんの?」


 春子は考える。アルロー姉弟が秘密に自分を関わらせてくれたのだから春子も秘密を話して、両者の関係は平等であることを示したい。

 ただ、自分とアランが正式なものではないが婚姻関係を結んだことは伝えないほうがいいはず。嫌だが春子の夫はジェラルドということになっているので。


「私の顔が、体が醜いからお会いしたくないそうです」


 リュシルの先導の元、横穴を歩きながら会話をする。


「領主様の弟は性格悪いからね。顔隠している理由わかったわ。領主様の前でもヴェールそれつけたままなの?」

「ええ、わざわざ醜い顔を見せる必要はありませんもの」

「あんたって変なところマイナス思考なんだ」

「アラン様にはお世話になっていますもの。気分を害するようなことはできません」


 でも、と春子は自慢げに続ける。


「おかげさまでレオナール様は気にかけてくださっていまして、多少の無茶は許してくれるはずですわ」

「王様は鬼無国と同盟を結びたがっていたからね。あんたがジェラルド様のお嫁さんになるって決まった時、国中でお祝いしてたよ」

「私が輿入れした時もすごいお祭り騒ぎでしたね」

「そりゃあ嬉しいことだからね。あんた達がいたら魔獣も退治してくれるし、鬼無国と縁ができるし、他国にいい顔できるしさ」


 ため息をついたリュシルは足を止めると前方が見えるように燭台を掲げた。

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