第26話 アルロー姉弟
少女の名はリュシル。少年の名はマルセル。姓はアルローというらしい。
二人は春子の申し出に驚き、拒否の意向を示したが「私、興味があるものはすぐ誰かに聞いてしまう悪癖がございまして。この建物の地下にある穴について、アラン様に聞いてしまうかもしれません」と頬に手を添えて、首を傾げたら面白い速さで承諾してくれた。アランの名前を強調したのも効果的だったようだ。
「あんた、けっこういい性格してんね」
とリュシルにお墨付きをもらった。ほんの少し自覚あるので軽く笑って受け流した。
「んで、鬼無のおひ」
「春子とお呼びくださいませ」
「……春子様はな」
「様付けは必要ありません」
「…………春子は、なんで壁の外に興味があるの?」
「魔獣に会ってみたいのです」
は? アルロー姉弟は顔を見合わせた。
「魔獣に会ってみたいので、壁の外に行きたいのです」
「いや、聞こえてるし」
「えっと、お姉さんはどうして魔獣なんかに会いたいの?」
「鬼無には魔獣がいませんので。ただの興味でございます」
ぱちぱちと二人はせわしなく瞬きを繰り返す。
「手伝いつったって、あんたにできることないと思うんだけど。だって、箱入りじゃん。力仕事なんてできないでしょ」
「やって見なければ分かりませんわ」
「無理無理。どうみても力ないでしょ。鬼無人は力持ちっていうけどさ、あんたは無理よ」
そこまで否定されたらどれだけ温和な人間でも怒るには十分だ。春子はにっこりと完璧な笑顔を貼り付けたまま「では」と前置きすると言葉を続けた。
「私が役に立つか立たないかを見極めてください。お二人のお眼鏡にかなわなければ諦めます。アラン様にこのこともいいません」
「口約束を信じろって?」
「鬼無は約束を重んじます。もし私が約束を破れば、訴えてくださって構いません」
「……それさ、無理じゃん」
リュシルは頭を抱えるとうずくまる。
「あんたとあたし達じゃ、皆あんたの味方するに決まってるじゃん。あたし達は厄介者なんだから」
「姉ちゃん、でも、この人は僕を助けてくれたんだ。兵士を蹴り飛ばしてくれて、そんなことしてくれた人、今までいなかった。僕は信じたい」
「マルセルのことを助けてくれたのはありがとう。でも……」
二人して今にも泣き出しそうな顔をするので春子は慌てた。これでは、春子がいじめているようではないか。そんなつもりは微塵もないのに。
「考えを変えませんか?」
「……考え?」
「そうです。私を仲間に入れてくれるのなら利点のほうが多いはずです」
その考えはなかったと二人は顔を見合わせる。
「私を利用してください。力仕事は得意ですし、道具が必要ならアラン様に頼んでみます。穴掘りが知られてしまった時など、困った事があれば私の名前を出せばいいのです」
困った事という言葉に二人がすぐさま反応したのを春子は口角を持ち上げて笑った。おそらく、アルロー姉弟も考えていたはずだ。防壁の向こう側と国内を地下通路で繋げてしまえば、魔獣の侵略を許してしまい、領民を危険に合わせてしまう。
今はよくても、後のことを考えたら苦難の方が多いだろう。国を危険に
だが、春子がいれば話は別。腐っても春子は鬼無国の姫。春子が二人を庇えば、誰もが黙るしかない。レオナール国王も春子が頼めば快く快諾してくれるはずだ。
後ろ盾を得る機会を逃がすのか? と問いかけると二人は難しい顔をした。
「……分かった。あんたを放っておくのも、受け入れるのもデメリットがあるし、それならこき使うことにするわ」
「姉ちゃん、言い方!」
「いいじゃない。だって、こいつがタメ口でいいって言ってるんだし」
緊張の糸は解れたようでリュシルは、さっきと比べると穏やかな表情をする。マルセルは春子が協力することに前向きだったので、姉の態度が軟化したことに安堵したようだ。
「ついてきて。地下通路は奥の部屋で作ってんの」
リュシルは物置と思わしき部屋へ春子を案内すると、床を指さした。
井戸と同じ大きさの穴がぽっかりと空いている。マルセルが燭台で照らしてくれるが深い穴底まで光は届かない。
「普段は床板とマットで隠してんのよ。……でも、あんた、入れるかしら」
穴の大きさは小さい。子供で、ほっそりとしたアルロー姉弟なら通れる大きさだが、ふくよかな体付きをしている春子は難しいかもしれない。
「おそらく、たぶん、頑張れば」
前向きなことを言ってはみるが、自分でも怪しいと思ってしまう。
「穴、ちょっと広げればいけるよ! それに底は広いから!」
「マルセルの言う通り、穴広げようか」
「あの、マルセルの言うことって本当?」
春子は底を観察しながら疑問を口にする。
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