第1話 最低最悪な初夜
「
部屋に響き渡る言葉に
しかし、その言葉を夫であるジェラルド・ド・ヴィルドールは春子に使った。初夜の
「えっと、誰がでございましょう?」
春子ははにかみながら問いかけた。先程の単語が気の所為だと思いたかった。
だって、春子は
ジェラルドはヴィクドール人らしい
その声が聞こえたのだろう。寝台を隠すように天井から垂れ下がった布の向こうで見届け人として集まった貴族達が笑いを噛み締める声が聞こえた。
「太りすぎだ! くびれもなく、尻も貧相!」
浴びせられた怒声に春子は婚礼で見たこの国の女性を思い出す。皆、すらりとした
「顔も薄っぺらく、その目は開いているのか?」
今まで、何度も褒められていた特徴を嘲笑われると流石に傷付く。周囲の
ジェラルドが冗談ではなく、本気で春子を醜いと思っていることは流石に分かっている。その証拠に深い翡翠色の瞳には嫌悪が宿っていた。
「髪も瞳も、地味で面白みもない」
言われた言葉には春子は内心で同意した。春子の髪色と瞳の色は黒一色だ。ヴィルドール人のような美しい色ではない。地味と思われても仕方がない。
春子は歪みそうになる顔を引き締め、笑顔を心がけた。遠く海を渡り、この国へ嫁いで来たのは自分のわがまま——否、両国の仲を取り持つためなのだから、ここで怒り散らしては両国の関係にひびを入れてしまう。笑って、気にしていないと装わなければならない。
「そんな意地悪を言わないでくださいませ」
場を和ますために冗談っぽく笑いかける。ジェラルドはこの国の王位継承権一位を与えられている、つまり次の王様だ。両国のためにと春子の考えを読み取ってくれると信じ、
「お前のような不細工と肌を重ねるなどおぞましい」
——ていたのだが。春子の期待はあっさり裏切られた。
ジェラルドは冷たい言葉を吐き捨てると寝台を飛び降り、
「っ!!」
乾いた音と共に伸ばしたはずの手に痛みが走る。叩かれたと気付いた時にはジェラルドの姿には帳の向こうへ消えてしまった。
ざわざわと、まるで竹がしなる音が春子の耳に届いた。それが集う人々の
「……なぜ」
——私を拒絶するのでしょうか。
そう言いたいのに言葉が喉に引っかかって、でてこない。はくはくと酸欠の魚のように何度も口を開閉していると、誰かが「やはり」と呟いたのが聞こえた。
「あのような白豚に欲を覚えるわけがない」
白豚とは自分のことだろうか? 春子の身体を見下ろした。全体的に肉付きがよく、さらに
「……馬鹿みたい」
無意識に口から発した言葉を急いで飲み込んだ。春子は鬼無の姫、この国と同盟を結ぶために嫁入りしたのだ。このような面前で己の心を
運がいいことに、春子の呟きは周囲の人々は聞こえていないようだった。気が付くと嘲笑に忙したかった人々は去っていき、朝日が昇る。
窓から差し込む陽光が床に伸びるのを春子は呆然と見つめていた。
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