第15話 尋人
紅玉は膝を折ると大輪の薔薇に手を添えた。幾重にも重なった花びらは目が覚めるような真紅色。祖国では赤色というものは自分以外、見たことがないので紅玉は不思議でしかたがない。
「暁明様。これは『紅皇女』という品種でしょうか?」
肩に乗る暁明に話しかける。
暁明は、紅玉が開く図鑑を覗き込むと首を傾げた。
「でも、違う気もします……」
図鑑に描かれた紅皇女というのは小ぶりな品種らしい。目の前の薔薇はそれよりも大きく、まるで鞠のようだ。
「歌流羅様に聞けば教えてくださるでしょうか……」
教えてはくれるだろう。だが、これ以上、迷惑をかけるのも申し訳がない。可能な限り、自分で探そうと紅玉が図鑑と睨めっこして唸っていると、鳥居の向こうから誰かが叫んでいる声が聞こえた。
十代半ばだろうか。少年と青年の狭間のような声だ。
「どなたでしょうか」
立ち上がり、乱れた裾を正した紅玉は鳥居の向こうで頭を抱える人物を見つめた。極上の絹糸を炎で染め上げたような髪を短く刈りそろえ、髪から覗く耳にはいつくもの耳飾りが揺れている。全体的に粗野な印象を受けるがどことなく上品な顔立ちをした男である。
男は苛立ったように頭をがしがしと掻いていたが、紅玉の姿を捉えると
「お前は生身の人間だな。藍影の花嫁か?」
藍影という人物が分からないため、紅玉は首を振る。
「すみません。知りません」
俯きながら答えると男は舌を打つ。
「知らねぇはずないだろ。青龍帝のことだよ。藍影は」
「その、龍帝様は知っています」
「もっと大きな声で話せないのか?」
「す、すみません……」
ぎゅっと拳を握って、謝罪を口にする。自分では大きく声を出したつもりだったが、虫の音のように小さくて紅玉は唇を噛み締めた。
「お前さ、もっと明るく話せねぇの?」
男は眉を吊り上げる。
「そうやって下見て、俺の目と合わせないの失礼だと思わねぇの?」
急いで紅玉は面をあげた。
「すみません。ごめんなさい」
「いや、怒ってねーし。そうやって謝られると俺が悪いみたいじゃん」
男は大きなため息をつく。
「まあ、いいや。あんたに聞きたいことがあって探してたんだよ。ちょっと時間あるよな?」
否定したいが、言えばまた怒らせてしまう。そう思うと言葉がつまってしまう。じわりと目頭が熱くなる。泣けば許されないことは分かっているが、体が言うことを聞かない。
「
紅玉が混乱していると聞き慣れた声が聞こえた。
「龍帝様……!」
回廊を駆けてくる藍影の姿を見つけ、紅玉は安心感に胸を撫で下ろした。ほっとするのも束の間、浮遊感が紅玉を襲う。
「やべ! 玄琅の爺さん、もうちょい時間を稼いでてくれよ」
耳元で男が叫んだことで紅玉は自分が担がれたことに気がつき、体を硬直させた。
「藍影の花嫁よ。先に謝っとく。ちと乱暴にするぞ」
「え、あの……」
突如、男の足元から炎が立ち昇り、紅玉を包み込んだ。炎特有の熱さはない。まるで意思があるかのように渦巻き、激しさを増す。
突然の出来事に紅玉が両目を瞬かせると炎は一点に収束し、視界が歪み始めた。
「紅玉!!」
藍影が伸ばした手は炎を掴むことなく宙を掻いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。