第13話 薔薇園


 背中を流れる赤い髪は、藍影が知る赤色の中でも上位に入るほど美しい。大輪の花を咲かせる薔薇の生垣いけがきに囲まれていても、その赤は一目で分かった。


 目覚めて動けるようになった紅玉は、庭園の散策を日課としている。草花に興味があるらしく、歌流羅から借りた図鑑を手に、今も肩に暁明を乗せて、楽しげに薔薇を見つめていた。


 その様子を藍影が鳥居の手前で眺めていると歌流羅が隣に移動して、脇を肘で小突いた。力加減など一切ない。隣に移動してきた時点で次の行動は予測できていたが、まさか力いっぱい小突れるとは思わなかった藍影は痛みにうめく。

「四龍帝の皆様がお待ちになっておりますよ」


 言外に「面倒な奴らには早く帰ってもらえ」と言っているのは気付いている。気付いているが藍影は無視を決め込んだ。

 龍帝の座につく者達は誰もが一癖も二癖もある面倒な性格をしていた。一人ならまだしも三人まとめて来られたら流石の藍影も疲れてしまう。もう少し癒やされていたい。

 と思っても、


「早く終わらせたいのでしたら、早くお会いして、早く会話を切り上げてくださいませ」


 腹心には敵わない。いつもの優美な微笑をたたえながらも発する言葉は棘まみれ。ちくちくと背中を刺す言葉を藍影は受け交わそうとする。

 だが、歌流羅は諦めない。噂好きの小鳥のようにやかましく捲し立てた。

 徐々に大きくなる声が聞こえたのか紅玉が不思議そうに振り返るのが見えた。藍影達の姿をとらえると急いで礼をする。藍影は無意識に目元を緩めた。


「今日は散策日和だな」


 自分で言って、違うなと心の中で訂正した。常世の気候はその地を統べる龍帝によって選ばれる。春国がいつも穏やかな気候なのは藍影が好きな季節が春だからだ。気候は変えようと思ったことがないため、これからも春国はこの気候が続く。


「ここの天気はいつも同じですけれど」


 ぼそり。背後で囁かれた言葉を全力で無視する。


「薔薇が好きなのかい?」


 はい、紅玉は指をもじもじさせながら控えめに頷いた。


「斎でも庭園があって、でも赤い薔薇はなかったので、珍しくて」


 聞けば、女帝が赤色をいとい、宮中での着用はおろか調度品にも使用は禁じたらしい。なので紅玉は長らく自分以外の赤は見たことがない。それが不思議に感じて見ていた、と。

 藍影は動揺を隠すべく、周囲を見渡した。


「ここ以外にも珍しい植物が多くある。今度、案内しよう」

「それは、楽しみです」


 紅玉はぎこちなく微笑み、あっと声をあげた。


「あ、あの」

「どうかしたかい?」

「御客人が来ているのでは……?」

「聞こえていたのか。耳がいいのだな」


 耳がいいとは薄々感じていたが、まさかあの距離で歌流羅の小声を聞き取っているとは思わなかった。藍影が素直に驚くと紅玉は、はにかみながら爆薬を投下する。


「私の姿が見えると、皆さまの機嫌を損ねてしまうので」

「そ、そうか」


 これにはなんと返したらいいのか分からない。藍影が次に発する言葉を模索していると歌流羅が「花嫁御前もこう言ってますし!」と背中を押して、鳥居へと向かいだす。

 不恰好な姿を見せるのは龍帝としての矜持きょうじに傷が付くので藍影は急いでその手から逃れた。


「今日の昼、市井しせいにでも行かないか?」


 この場を去る前に紅玉に言おうと思っていたことを問いかけた。常世の生活にも慣れてきたし、そろそろ外出もしていい頃合いだ。


「町があるのですか?」

「ああ、常世の民が住む場所と転生を待つ者が住む場所がある。治安は前者の方が遥かにいいし、色々な店もあるし、きっと楽しいと思う」


 紅玉は悩む仕草をする。困っているのは一目瞭然だが、嫌ではないらしい。


「龍帝様のご迷惑でなければ」

「迷惑なわけさいさ。客人との話はすぐ終わるから私が迎えに来るまでの間、ここで待っていてくれ」


 紅玉が頷くのを確認してから踵を返して鳥居へと向かう。


「紅玉の居場所は彼らに伝えるな」


 鳥居をくぐると同時に柱に触れて隠遁の術をかける。こうすれば四龍帝とはいえ、紅玉の居場所はわかるまい。過保護と言われようが、傷付いた者にあの曲者達を合わせるわけにはいかない。

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