第13話 似た者同士は離れていても

「え、王家の方々が?」

「はい、お嬢様」

「なんでまた……今はお父様もお母様も、お出かけしていますのに」


 なんとか失敗作を取り戻し、書き直してから数日。

 アリスはミシェルに見守られながら、刺繍を頑張っていた。


 だからいいかどうか聞いたのに。いつも推敲しろと言っているだろ。どうせヘンなことを書いてしまって、気が回らなかったに違いないわ、このぽんこつが。

 そんなミシェルの顔がぐさぐさと突き刺さりつつも、彼女は手紙を奪って逃げるように戻った。


 二回目だから書きなぞるだけ。

 そう考えたアリスだが、甘かった。勢いで書いた例の言葉が、少し冷えた頭だとどうしても書けなかったのだ。弱気になって違う言葉を書いては消し、書いては消しを繰り返し、予備を使い尽くして完成したのは深夜近く。

 翌日、寝ぼけ眼と再度の購入依頼に呆れられながらも再校版を預け、無事に彼女の手紙は郵便の流れに乗せられていった。


 いまごろ、届いてしまったかしら──

 送ったのだから、届くのは当たり前である。だけど書いてしまった言葉と、目を通した彼の様子が気になって気になって。

 彼女は気を紛らわせるように、布地に糸を通していた。


 そんな折に聞かされたのが、王家──王妃と王女、さらには第二王子までが、我が家であるスチュアート侯爵家屋敷にやってくる、というものだった。


「主不在ということをお伝えはしたのですが……お嬢様に関わるらしく、直接話せるならそのほうがいい、と」

「そう、わかったわ。明日は私が出迎えます。返事をお願いね」

「かしこまりました、お嬢様」

「お父様とお母様には、私から伝えておくから」

「はい、よろしくお願いいたします」


 部屋を出ていく執事を見送る。

 前日の知らせとはまた急だ。普通は書状が届いてから、さらに数日は空ける。月をまたぐことも珍しくない。


(なにか火急? それともお怒り?)


 理由を考えてみるが、別に何も覚えはない。先日の見学についても無事に終わったはずだ。

 唯一心配なのは両親が何かしでかしたことだったが、それなら自分ではなくそちらに行くだろう。思い当たることは何もなかった。


 ちなみに両親はデート中である。領地を見歩いてから王都を回るので、十日は帰らないと聞いていた。

 なんて羨ましい。彼女はふんふんと生地に針をぐさぐさ通す。


「なにかしらね」

「わかりかねますが……まだお嬢様とは離れたくありません」

「私がどこかへ連れて行かれるように言わないで」


 なんにせよ、明日には王家が家に来るとのことなので、指示や準備が必要だ。不敬なことがあってはならない。両親が不在の今、この屋敷の責任者はアリスである。デビュタントもまだなルークは、さすがに若すぎた。

 それにどちらにしろ、今回は弟の出番はない。彼はすでに王都の別邸に移っていた。


 王家相手でもひるまない胆力は、備えているつもりだった。

 もしこれがリチャードだったのなら、それはそれは大いに慌てたことだろう。


 お風呂はぬるめに! いい香りにしておいて! 自室は綺麗に! 裁縫箱は隠す! ベッドを持ってきて! 並べるの! さりげなく! 自然なように! 『あら? ちょうど二つありますわね』みたいな! ちょっとくっつけすぎよ! いやらしい女だと思われちゃう! あくまでそれとなくが大事なの! 入らない? スペースがおかしい? なら離れにある小屋でもいいわよ!


 そういう風に、よくわからない指示を飛ばしてしまう未来が見える。

 どんな感じに置いたところで、令嬢の部屋にベッドが二つ。不自然きわまりなかった。

 屋敷から遠く離れた部屋、しかも掘っ立て小屋。ここが私の部屋なんですの。ありえなかった。下手したら虐待で査問されるところだ。


 しかしそれが王家相手となれば、特になんとも思わない。

 家に泥を塗らないよう、失礼な態度を取らないようにしましょう。

 齢十八にもかかわらず冷静にそう考える姿は、まさに侯爵家令嬢、次期公爵夫人に相応しい姿である。こと、リチャードが関わらなければ、彼女は聡明で思慮深く、それでいて和顔愛語な人物なのだ。根本的に思考がおかしいのだった。


「きりもいいし、準備に取り掛かりましょう。ミシェル、補佐をお願い」

「かしこまりました」


 持っていたハンカチをミシェルに渡して、裁縫箱にしまってもらう。

 さっさとしまえばいいのに、渡されたハンカチを見たミシェルは怪訝な顔をした。


「きりが、いい?」

「いいの! きりいいの!」

「お嬢様……」

「いいんだってば!」

「……メリッサ様にお願いしてみましょうね」

「……うん」


 戻らなくも進まなくもなっていたそれを、そっとしまった。

 それ以上どうにもならないんだからきりがいいんだってば。

 心のなかで文句を言って、彼女は伝達の魔法を唱えた。




「手紙来たぞ」

「よこせ!」


 アレフが持つ便箋を親の形見かのように奪い、そっと胸に抱える。

 そんな恋する女性のような仕草をする男、しかも偉丈夫が、さらにこわもてでもあるリチャードを見て、アレフがげんなりした表情を作った。


「あのさ」

「なんだ」

「気持ち悪い」

「ぐっ!?」


 分厚い胸に埋めた便箋とアレフを見比べて、リチャードが言葉に詰まる。きつい言い方ではあるが、自分でも納得な姿だった。


「……ふむ、彼女からの手紙か。アレフ、読んで聞かせろ」

「はぁ、お前なぁ……まあいいよ、ほら」


 言い繕ったような姿勢に呆れをあらわにしながらも、アレフが手を伸ばす。

 リチャードが便箋を差し出した。


「……おい」

「なんだ」

「……離せこら」

「受け取ればいいだろう」

「だからっ離せっおい! こら!」

「早く受け取れ」

「お前がっ、離せばっ、いいんだっ……くっこのっ、このやろっ」

「気をつけろ! やぶれたらどうする!?」

「てめぇ! もう勝手に読めばーか!」


 散々やりあった挙げ句、リチャードがそっと便箋を開いていく。

 淡い水色の地に深い蒼色のラベルが目立つ。お花のプリントも女性らしく、可愛い。

 彼女の瞳の色を思い出し、ぎゅっと胸を押さえた。


「それやめてくれマジで」

「貴様はなんだ! さっきから!」


 じろり、と己の従者を見るが、『早く読めそしてさっさと開放しろボケナス』といった顔をしている。

 舌打ちをして手紙を開いた。


「…………」

「どうだ? 例の提案には乗ってきたか?」

「…………」

「おいこらなんとか言えよ。 ……おい?」


 問いかけるアレフにも返事がない。いや、声どころではない。なんなら息もしてなくて──


「おい!」

「ぐはぁ!」

「生きてるか!?」

「だ、大丈夫だ、大丈夫だ。そうだ、宴が必要だな。三段重ねのケーキを」

「大丈夫じゃねえな!」


 リチャードはその顔に似合わず、甘いものが大好物だった。

 『なに書いてたんだよ』とアレフが手紙を奪う。『やめろ! なにをする!』という、くだらない抵抗は無視された。


 手紙を読んだアレフが口笛を吹く。


「へぇ。やるじゃん、あのお姫様」

「か、返せ!」


 取り返したリチャードが、再度目を通す。愛しい婚約者からの愛の言葉に、崩れるばかりだった。

 宿泊については、そう断れることはないと考えていた。遅かれ早かれ、彼女はこの家にやってくる。なら少しだけ練習してみないか? ごく自然な流れだ。


 だがまさか。

 その、なんだ。

 『愛している』と書いてくれるとは、夢にも思っていなかった。


「しっかし、泊まりはともかく、直接書くとはなー」

「……やはり気を遣わせたであろうか」

「そりゃな。思うに、三回くらいは書き直しているぞこれ」

「む、そ、そんなにか」

「そんなにだ」


 さすがは兄貴分。書き直しどころか、一度封したものを廃しさらに書いたものだが、その読みはどんぴしゃりだった。


 リチャードが彼女を思い浮かべる。

 考え込んだその表情。慌てて書き直しては、思い悩んでくれる姿。そうして最後には、愛の言葉を書いてくれたその気持ち。


「…………」

「幸せものだよ、お前は」

「……うむっ」

「な、泣くなよ、大の男が」

「泣いてなどいないっ」

「あーあー、ほら。そんなんでどうすんだよ来年」


 手のかかる弟をあやすかのように、アレフが苦笑した。

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