ショートショート

あんこ

殺虫剤

 私が所属する研究開発部では、過去ヘリウムガスに着目してある研究を行っていた。それは、ヘリウムガスはもしかすると昆虫の殺虫剤になりえるかもしれないということだった。

 はじめは、単なるお遊びから始まった。研究開発部の社員らでバーべキューを行っていたある日、部下の一人がヘリウムガスを持って来て、遊び始めた。低い男性声だった音声は高い音声に変わっていった。すると、近くで飛び回っていた昆虫が避け始めたのである。

 そこで、上司である部長は昆虫が避け始めるのをしばらく観察すると、窒素ガスはどうか?ネオンガスはどうか?とさまざまな不活性ガスを用いて実験を行い始めた。その中で最も効果の高いものだったガスはやはりヘリウムガスであった。

 また、過去私たち研究開発部で研究が行われているものとして蚊の羽音にも着目していた。蚊の羽音の周波数は350ヘルツから600ヘルツ程度の範囲に存在し、私たち人間にとっては耳障りの悪くとてもよく聞こえる音声である。

 私たちはこの周波数の範囲を聞こえる人間と類似した聴覚器官を有する野生動物にも不快音として警告音になりえるのではないかと着目し研究を行っていた。結果はビンゴである。予想通り、蚊の羽音の周波数である350ヘルツから600ヘルツの周波数範囲である合成音声は、野生動物の警告音として成り立つことが実験結果から証明された。

 そこで、私たち研究開発部はこのふたつの研究結果から、ヘリウムガスを吸い350ヘルツから600ヘルツの周波数で一定時間音を発することで、山中での野生動物や害虫の撃退につながるのではと考え、試験を行うことにした。

 実験場所は、山小屋付近で行い、実験時刻は夕方16時ごろとした。参加人数は私と部長と部下の三人である。15時頃、山小屋に到着し実験準備を行った。準備物は、ヘリウムガスと比較対象として市販の殺虫剤を用意した。

 実験手順は次のとおりである。部下にヘリウムガスを吸わせ山頂にむかって歩きながら声を出し続けてもらい、その間私と部長は、山小屋で待機しドローンを使って部下と昆虫と野生動物のモニタリングを行っていくという手順である。

 予定通りヘリウムガスの警告音は実際に野生動物や昆虫の撃退に適用されていた。蚊の羽音に似た部下の音声は耳障りが悪かったが、これも実験のためかと思い我慢してモニタリングを継続していた。しかしながら、辺りが暗闇となった23時頃には部下の声は聞こえづらくなっていった。部下の羽音は、はじめは大声から始まり、次にセミの鳴き声に紛れるようになり、最後は喉が破れるような音になっていく。私と部長が心配して様子を見に行った頃には、部下の身体は、野生動物の死体と共に蛆や蛭などの害虫の住処になっていた。

 私と部長は、害虫のたまり場となっている部下の身体に、市販の殺虫剤をまんべんなく噴霧し、ヘリウムガスと殺虫剤の廃缶を部下の身体の近くに廃棄し、素早く下山したのだった。

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