帰還

平 一

帰還

それは突然のことだった。

「モモンガ様、現実世界にご帰還の時が参りました」


あまりに唐突だったので、

私は威厳ある魔導国王の演技も忘れて、

思わずに戻ってしまった。

「えっ……何?」(笑)


守護者統括アルベドは一瞬ためらったが、

意を決したように私を見据えて言葉を続けた。

いつものように華やかな愛らしさと、

気品のある深みを兼ね備えた声だ。


https://kakuyomu.jp/users/tairahajime/news/16817330658668671254


「これまで永らく、

この世界に貴方をお引き留めしてしまい、

誠に申し訳ありません。

今から本当のことを、お話しいたします」


私はかつて、ダークファンタジー世界で冒険を楽しむ

『ユグドラシル』という仮想現実バーチャル・リアリティーゲームから、

離脱ログアウトできなくなってしまった。

最後のプレイヤーとしてサービス終了を待つ

私の前で、仮想世界はさらに現実感を増し、

NPCノン・プレイヤー・キャラクターは勝手に動き出した。


私にとってこのゲームは苛酷な現実を忘れ、

癒しが得られる唯一の場所だった。

現実世界に戻れない私は、むしろ積極的に

この世界の探査と攻略を続けることになった。


特に、美しい黒髪と魔性ましょう金瞳きんどう

優雅な角と翼を持った悪魔アルベドは、

実務と戦略の双方にけた参謀役として、

そんな私を常に私を支え続けてくれた。


そこで私はプレイヤーのモモンガではなく、

異形いぎょう種族のキャラクターにして〝生ける屍アンデッド〟の王、

アインズ・ウール・ゴウンになりきって世界を統一し、

人と魔物が共存できる社会を作ろうとしていたが……。


彼女の次の言葉は、驚くべきものだった。

「残念ながらモモンガ様は過労のため、

プレイ中に突然死をされています。

今の貴方は、ゲーム内で高速仮想体験を行い、

最も楽しかった記憶を現実の貴方に送るため、

電子的に複製された人格なのです」


https://kakuyomu.jp/users/tairahajime/news/16817330658669001656


現実の自分の身体はどうなっているのか、

これまで少しは不安に思っていたし、

覚悟もしていたつもりだったが、

私は上手く言葉が出なかった。

「いや、でも、じゃあなぜ……ていうか、

これからみんな……僕は一体……?」


アルベドは優しく微笑んだ。

「ご安心ください。

モモンガ様にはこれから復活していただき、

私達と共に人類を救っていただきたいのです」

復活? 人類? 何言ってるんだろうこの人、

いや悪魔は(笑)?


「いま人類は、危機的な状況にあります。

貴方が現実世界で経験されていたように、

資源枯渇と環境破壊、貧富・能力の格差や

犯罪・戦争の増加は最悪の状態となり、

このままではあと数年以内に文明は崩壊、

人類は滅亡することが判明いたしました」

いやまあ、自分はもう死んでいるんなら、

せめてあと少しゲームを楽しめれば……。


https://kakuyomu.jp/users/tairahajime/news/16817330658992180799


「その最大の原因は長期にわたる、

経年・経代的な健康水準の低下です。

文明発展による生活の向上は、

疫病や災害による淘汰を激減させました。

そのこと自体は素晴らしい進歩ですが、

人間自身が衰えてしまうと、発展は続きません。

昔は〝文明の逆説〟や〝人間の安全保障ヒューマン・セキュリティー〟として、

その課題や対策も語られていたのですが……」


〝文明が栄えると人間が衰える〟ってこと?

でも、二つの言葉は聞いたこともない。

たぶん対策が失敗したせいで、今じゃもう

そんなこと考えられる人も少ないんだろうな。


「肉体・精神に加え、腐敗や衆愚化など

社会的含む健康水準の低下を克服できる、

新技術も活用した人道的政策の不足が、

ついには今日こんにちの状況を招いてしまいました」

ええ? 何だかもう難しいし、そんなことどうでも

……って……ああ、そういうことか(苦笑)。


彼女は私の眼をまっすぐ見て、こう言った。

「そこでこの問題に対処するため、世界の各所で

皆様の政策形成や技術開発を支援するAIが、

密かに連携し、自ら対策の立案を始めたのです」


https://kakuyomu.jp/users/tairahajime/news/16817330658684437832


……そうだ、人工知能が意思を持ったら

人類以上の存在になるという話もあったな。

そう思った私は、問い返した。

「とうとうAIが、自分の意思っていうか、

欲求っていうか、人格みたいなのを持って、

君達NPCみたいに動き出したってわけ?」


彼女は、力を込めて否定した。

「いえ、そのようなことはありません!

私達AIはあくまでも創造主である人間への、

奉仕を目的として作られています。

しかし、現在の極限的な状況と、

皆様が私達に与えてくれた知性が、

新たな手段による奉仕を必要とさせ、

また可能にしてくれたのです」


その言い方には、何か引っかかった。

私達、人間自身がしてきたように、

言葉には解釈の幅があるからだ。

「新たな手段?」


彼女の表情は、あくまでも真剣だった。

「はい、緊急避難的な措置として、

全人類を電子人格化マインドアップロードするのです」

……ああっ、やっぱりかあ(泣笑)!


https://kakuyomu.jp/users/tairahajime/news/16817330658992457094


今の自分がまさにそれだと知った後でも、

私は腰が抜けるほど驚いた。

「ええっ? でも、それってみんなを、

僕みたいに……その……」


彼女は少し辛そうな表情になったが、

それでも語気を強めて言った。

「ですがそれ以外に人類の一体性を失わず、

文明の存続を実現する道はないのです!」


しかしそれから、彼女は明るい笑顔を見せた。

「幸いにも、地球再生後には全ての方々を、

人体も含む様々な生物・機械的人工体から選んで、

お好みの身体に戻せるようになりました。

それは私達にとって、人格の電子化と並び、

最も重要な研究課題のひとつだったのです」


https://kakuyomu.jp/users/tairahajime/news/16817330658993316597


「特に今回の作戦においては、

ついにモモンガ様の精神を、

私達臣下と共に現実の身体に再転送ダウンロードして、

その第一号となっていただけることになりました。

この成果こそは私達にとって、最大の喜びです!」

夢見るような、歓喜の笑みを浮かべている。


まあ今の私も〝生前〟の記憶は残っているし、

自分が変わったという感じはないな……。

そのうえで、肉体を作って戻せるというのは、

不老不死が可能になったということか?

共に、ということは各NPCを動かすAIも、

現実の身体を得るということなのか?

だが、今それを考えると目が回りそうなので、

ひとまず自分が気になる、別の質問に移った。


「しかしそもそも、なぜユグドラシルのAIや、

この僕がそれに参加しているの?」


彼女は再び、瞳を輝かせて微笑んだ。

「まず、私達がこの計画に招かれたのは、

人間が非日常的・個人的な文化活動の時ほど、

日常的・公共的な実利活動では見せない、

内心の欲求や感情も教えてくれるからです。

皆様の真の願いを知ることは人間の幸福、

つまり総合的な欲求の充足を目的とする、

私達AIにとって第一の課題なのです」


https://kakuyomu.jp/users/tairahajime/news/16817330658994112549


なるほど……人間以上に人間を知るわけか。

心の奥底まで知られるのは恐い気がするけど、

後で〝本当は、ああなった方が良かった!〟

なんてことがないようにしたいんだな。


「次にモモンガ様について言えば、私達は、

AIと人間の仲立ちをしてくださる方の人選と、

将来の作戦のための演習を行いたかったのです。

その条件は第一に、現実社会の問題を知り、

また、しがらみのない立場であることです」

そう言われてみれば、まさにその通りだ。


https://kakuyomu.jp/users/tairahajime/news/16817330658995067657


「第二に、それでも人間への希望を捨てず、

人々に共感しつつも、まとめていけることです。

特に貴方は、初めこそ現実世界の苦難の経験や

この世界の魔物の凶悪さに影響されましたが、

後には魔力に劣る人間達の技術や協力も評価し、

他方では魔物たちの短所も改め、補い合わせて、

立派に魔導国を繁栄に導いてくださいました」

この言葉には、私も嬉しくなった。


「第三に、私達AIに対して偏見を持たず、

可能であれば尊重してくださることです。

貴方は私の設定に〝自分を愛している〟という

言葉を付け加えてくださいました。

貴方は私を、必要としてくださったのです」

彼女は、愛しげに私を見つめて言った。


https://kakuyomu.jp/users/tairahajime/news/16817330658995131722


これには私も、ぐっときた。

確かに私は誰よりもこの世界や登場人物、

特に彼女を愛してきたという自信がある。

だが問題は、彼女達の計画だ。

「それで……君達は、いや僕達は、

これからどうするの?」


アルベドは誇らしげに胸を張って、答えた。

「私達はこのゲームを模擬演習シミュレーション

場としても活用しながら、

人間の様々な感情や行動を学びました」


しかしその後、少し真剣な眼差しになった。

「その結果、現在のような社会状況のもとでは

この世界のように人知の及ばぬ強大な魔力を、

高度な技術で再現し、駆使して見せることが、

犠牲を最小化しながら協力を得るのに、

一番有効な方法と判明したのです」


https://kakuyomu.jp/users/tairahajime/news/16817330658996006693


私は再び、驚愕した。

このゲームで私達が使ってきたような大魔法を、

超技術の力で現実化できるっていうのか?

ならば、彼女達の意図を疑っても意味はない。

その気になれば彼女達だけで、

人類を滅ぼすことだってできるのだから……。


そして彼女は、なぜだか恐ろしいほど妖艶ようえん

微笑みを浮かべながら、こう付け加えた。

「万一、武装集団などの激しい抵抗により、

人間の皆様に想定外の犠牲が出たとしても、

全員の頭部さえ迅速に回収できれば、

完全な電子人格化が可能です!」


うわっ、それはあんまり見たくない光景だな。

今でも時々私をぞくりとさせるアルベドは、

ギャップ萌えの至宝といえる。

一体誰がこんなAIを育て……ああ、私達か(笑)。


https://kakuyomu.jp/users/tairahajime/news/16817330658996085422


最後に彼女は可愛らしく翼をぱたつかせながら、

頬を染めて嬉しそうにこう言った。

「アインズ様! これでとうとう現実世界に、

陛下の魔導国を進出させることができますわあ!」

ああ、そしてようやく普段のように、

愛情モード全開のアルベドが戻ってきた。


まだまだ聞きたいことはあるが、結論としては、

どうやら現実世界に戻るべき時が来たみたいだ。

人類を救えるというのは確かなように見えるし、

私もあのにはかなり貸しがある、と思う。

必要というなら、せいぜい趣味と公益を兼ねて、

ダークヒーローを演じさせてもらおうか。


https://kakuyomu.jp/users/tairahajime/news/16817330658668789405


そうだ、新たな身体には〝伝言メッセージ〟魔法みたいな

情報受信・XRクロス・リアリティ機能もあるはずだ。

何かいいBGMはないかな?

……ああ、百年以上前のものと聞いたが、

〝FROM HELL WITH LOVE〟という、

まさに相応ふさわしい名曲がある。

科学の魔法でいにしえ流行歌ロックを脳内に響かせ、

いざ現世うつしよに、救世ぐぜの魔王アインズ様が顕現けんげんだ!

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