平凡な俺の空想と妄想と現実
TOKI
第一章 矢島昂介という男
カチカチ……カチカチカチ……
パソコンのキーボードを叩く指から発する音に飽き飽きする。毎日、毎日同じことの繰り返しだ。
後何十年この日常を続けるのだろうか?
大学を卒業した俺は5年前この会社に入社し、経理部に配属された。
電卓やキーボードに指を打ち続ける毎日で、指が擦り減ったんじゃいかと思うくらいだ。
毎日荷重をかけられている椅子にさえ自分を重ねて同情した。
矢島昂介 27歳。平均より身長は少し高いが、中肉中背のいたって普通。趣味はあえて言うならゲームくらい。
自己紹介するのであれば、この程度しか出てこないつまらない男だ。
友達と呼べる者もおらず、一人暮らしでの唯一の話し相手は飼っている文鳥くらいだ。
毎朝7時に起床し、トーストと珈琲で朝食をとる。少し高級なバターをトーストにたっぷりつけ、一口食べるその瞬間が一日のうちで一番幸せな時間なのだ。
カリッとした食感の後にやってくる、ふわっと濃厚な乳の匂いとオイル特有の重たさのあるテイストが口の中を支配する。
俺はこの瞬間、幸せに浸り別世界にいるような気分を味わえるのだ。
しかし、朝食を食べると、すぐに現実の世界に引き戻される。
毎朝同じ時刻に出勤し、帰宅後は夕食を作って、毎日同じ時刻に就寝する。
遊ぶ友達もいないので、休みはとり溜めたドラマをひたすら見るか、ゲームをひたすらやり過ごす。
最近は散髪に行くのも面倒で、髪は肩まで届きそうなくらいに伸びている。眼鏡をかけ、リュックを背負って歩く姿は、オタと思われても不思議ではない。
だけど、俺にとってはオタは尊敬するべき存在だ。
だって、自分の人生をかけて好きなものを誰のことを気にすることなく追いかけられる情熱があるんだから。
俺は仕事以外は誰とも話さず毎日をやり過ごし、実家にもここ数年戻っていない。
ただただ毎日黙々と業務をこなし、上司や後輩ともうまくやってきた。
仕事は可もなく不可なく、問題を起こしたこともない。でも、これは自分が目指した将来像だったのだろうか?
(一生こんな生活を続けていくのかな……)
昂介は仕事の手を止め、深く長い息を吐いた。だけど、仕事や今の生活をどう変えて良いかなんて思い付かない。仕事を変える気もないし、退屈なこと以外は特段不満があるわけでもない。何故こんなにも憂鬱な気分になるのか自分でも分からなかった。ただ、餌や水を与えられ、何の不自由もないが、一生を狭い鳥籠で過ごす文鳥に自分が重なって見えた。
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