第29話 ミカン

「フゥーん。そもそも、二人って仲良かったの?」

「やけに突っかかるな。この話まだ続けるか?」

「不愉快なの?」

「それは強い言葉な気がするから、どっちかっつうと不自然に感じる、お前が」

 お前がここまで俺達二人に興味を示す理由とは。

「ただの世間話。それで、答えたくない?」

 『答えたくない』これもまた、強い言葉に思えた。わざと、そういう言葉選びをしているのかもしれない。

「……別にいいけど。正直分かんねぇよ。そんなの」

「何それ。あんたはどう思ってたの?」

「少なくとも会話は出来る、くらいには思ってたよ」

「人間と会話できるのは当たり前じゃん。あんたウッカリ猿なの?」

「ウッカリってなんだ。別に勘違いしてねえよ」

「じゃあガッツリ猿じゃん!」

「違えよ! ちゃっかり人間だ! そうじゃなく、あんまり、会話したくない奴とか、会話できそうにない奴とか、この世はそんなんばっかしって、ただそれだけの話」

 天音は真剣に伝えようとするが、狭山はもう半笑いだ。

「お猿さんではないと」

 笑い。

「もう良いだろそれ、めんどくせえ」

「あははは!」

 楽しそうで何より。

「でもそれってさ、鈴熊にとって結構特別ってことじゃないの?」

「別に会話相手を望んでない。例えばミカン四つにバナナが一つあったら、バナナは貴重だけど、俺はミカンを食う。俺にとってはミカンの方が美味しくて特別だからだ。希少価値なんてマヤカシだな」

「へぇ。そうなんだすごいね」

「悪かったよ話しすぎたよ。もう黙るぞ」

「あー拗ねないでよゴメンゴメン」

 反省してなさそうに手の平を合わせる。

「じゃあさ、鈴熊にとってのミカンって何なの?」

 ……考えていなかった。

 前だったら、一人の時間、と答えていた。

 でも、今はそれじゃない。

 だからといって、会話でもない。

 なら、いったい、天音にとってのミカンとは。

「ミカンはミカンだろ。何言ってんだ? 俺はバナナより、会話より、ミカンが特別ってただそれだけだよ」

「つまんな。そういうことじゃないでしょ」

「なんも思い付かなかったんだよ許せ」

「はぁ。」

「んだよ。じゃあお前は言えるのかよ。そんなの」

 え、なんて驚いた後、彼女は右斜め上を向いた。

 すかさず、天音は言う。

「ほらな。人に言ってばっかで――」

「あるよ」

「ん?」

 彼女は、無意味に自分の首を撫でながら、頬を夕暮れ色に染めて、天音と目を合わせる。


「私は、何より、友達が大事。」


 羨ましいな、と、思えた。

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