第036話 『嚆矢濫觴』⑦
村長の息子という立場が、他の子たちよりも恵まれているのは確かだろう。
だがその恵まれた立場には子供であることなど一切合切関係なく、責任というものがべったりと付きまとう。
カインとてそれは例外ではなく、可能な限りの教育を物心ついた頃から強いられている。
いや強いられていると感じることができれば、愚痴や弱音を聞いてもらう相手としてシロウたちとも仲良くできたのかもしれない。
大人たちがどれだけ禁止しようが、子供というものはその意志さえあれば、どうにでもして繋がるものだから。
だがカインは生来の真面目さも災いして、強いられているのではなく当然の権利と義務として己の立ち位置を受け入れた。
厳しい教育、
もともと優秀な指導者の血筋を継いでいることもあり、カインはとても9歳レベルではないほど優秀に育ち、両親やノーグ村の運営にかかわる者たちの期待を裏切らない後継者としての立場を立派にこなしている。
――いた。
だからこそ年相応に、最低限の勉強と仕事をこなしさえすれば、あとは集まって楽しそうにしているいわば真っ当な子供であるシロウたちをどこか見下していた。
それは言葉を返せば羨ましがっていたともいえる。
他方、シロウたちの方でも、カインはお高くとまったいけ好かない奴とみてしまう。
子供に
それがわからない子供にとって、カインは恵まれたお坊ちゃんにしか見えない。
またいかにも田舎臭い容姿をしているシロウやヴァンと違って、カインが
辺境の子供にしては可愛らしい、美しいといえるシェリル、フィアに子供なりに惚れているとなれば、なおのことそれは強くなるものだ。
シロウたちはいわば真っ当に、相手の苦労を理解せず目に見えて恵まれている部分だけを羨ましがっていると言えよう。
どうあれそんな両者が仲良くなれるはずもない。
狭いノーグ村ゆえにお互いを認識していることは間違いないが、今日まで親しいどころかまともに口をきいたこともないまま過ごしてきているといっても過言ではない。
まあ年齢や距離的には近いが、立場的にはもっとも縁遠い遠い他人と言えよう。
とはいえ今カインが目指している場所が、そのカインの住む家であるからには嫌でも顔を合わすことは避けられない。
最終的には力尽くでも武器になりそうなものを借り受けるつもりのシロウではあるが、まずは辞を低くしてお願いするのは当然だ。
かかっているのがシェリルやそれに次いで大切なヒトたちの命である以上、いやな奴に頭を下げることくらいで疵付く
いやそもそもそんなものは、
だが村長の家に到着したシロウを出迎えたのは、意外にもそのカイン本人であった。
仲良くもなければ立場も違うシロウは、カインがこの
ただなんとなくのイメージで、ノーグ村の中では最も裕福な村長の一族だけは、なぜか無事だと違和感なく思い込んでいた。
自分たちだけは暖かにして栄養溢れる食事と薬を確保し、村が滅んだとしても自分たちだけは生き残るという、なんの根拠もなければ本能的な悪意に基づいた、特権階級だと認識している者たちへの偏見。
だがそれがくだらぬ思い込みだったことを、目の前のカインが証明している。
「そんな恰好で……なにをしているんだい?」
自分自身も明らかに罹患しているのに、子供一人で両親の世話を続けていたのだろう。
子供が見ても疲労困憊していることが分かるその顔に意外そうな表情を浮かべて、決死の表情をしているシロウに問いかける。
「熊を狩る」
「馬鹿だね……君ひとりで熊なんか狩れるわけ……ないだろう」
「それでも狩る」
「ふ……まあ君の選択も……間違いともいえない、か」
そんな会話で、シロウがどういう思考を経て無謀な行動に出ようとしているのかをカインは理解したらしい。
「狩れたらカインにもわけるよ」
シロウとて自分の偏見が過ぎていただけで、ノーグ村を襲った災厄は貴賤貧富、老若男女の区別などないことを理解している。
十分な食料と薬があるのであれば、カインがこんな風になっているはずなどないからだ。
だからこそ自分御思い込みを恥じ、薬が充分にあったら分けてくれたのであろうカインに、自分が奇跡を成し度げることができればカインにも渡すことを明言する。
村人みんなにとはさすがに言えない。
だが武器を借り受ける相手には、相応の礼をするべきであることは当然だろう。
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