第011話 『オープン・セサミ』②

 今、シロウの眼前でひときわ大きな双角熊ドゥコルヌ・ウルズスから取れたものを中心にいくつも浮かんでいる魔石を見つめる、カインの醒めた瞳から読み取れる感情はない。


 なさすぎで少し不気味なくらいである。

 

 だがそんなカインの視線を気にすることなどなく、シロウは慣れた手順を踏んで宙に浮いた魔石から扉の紋章への魔力充填を開始する。


 まっすぐに扉へ向かって突き出された腕、その開かれた掌の先に浮かぶいくつもの魔石たちが一斉に強い光を放ち始める。

 その光こそ、魔石に込められていた魔力――まだ魔法にも武技にも変じていない、純粋な力の根源そのものの輝きである。


 次の瞬間、そのいくつもの美しい光はすべて明滅する巨大な魔法陣に沁み込むようにして吸収されてゆく。

 完全に光が吸収されたのと同じタイミングで、澄んだ高音を発して魔石の抜け殻が薄い硝子細工のように砕け散って霧散する。

 それと同時にシロウは開いていた掌を拳へと閉じつつ手首を返す。


 特に意味はない。

 なんとなくカッコいいからそうしているだけの、ただの仕草である。


 ここまではいつもどおり。


 前回はここで何か変化があるかと身構えたシロウたちだったが、何もなくて叫びをあげることになったのは今までの会話のとおりである。

 

 だが今回は違った。


 シロウたちが進捗管理表代わりにしていた魔法陣の中心部、立体的に描かれている魔法陣で描かれた球体とでいうべき部分が今度こそ完全に魔力に満たされたとみえ、強い輝きを発しはじめたのだ。


 シロウたちの目が見開かれる。

 やっと始まるのだ――変化が。


 中央の球体から拡散するようにして、巨大な扉の表面全域に描かれている魔法陣全体を脈動のように強い光が駆け抜ける。

 それと同時に描かれている組成式のが開始される。

 魔力に満ちた魔法陣はまるで万華鏡のようにそのカタチを高速に変幻させつつも、そこに一定の法則があることを見る者に強く感じさせる。


 はるかに高い天井から果てのしれぬ底まで届いている扉――壁の表面に無数の『表示枠』が浮かび、シロウたちには読めない文字らしきものが高速で右から左へと流れ始める。


 あからさまになにか、この扉が持つ機能が起動しているのだ。


「――わ!?」


 思わず声を上げたシェリルだけではなく、起動中の扉の前に立つ『野晒案山子スケアクロウ』の党員メンバー全員が、突然円柱形の光に覆われた。

 傍から見る分には、全員が魔力でできた円柱に閉じ込められているようにも見える。


 ヒトとしては破格の反応速度と、それに対応できるだけの身体能力を持つに至っているシロウたちでも一切の回避が間に合わなかった。

 光の速度に反応できるヒトなどいるわけもないので当然ではある。


だが特に危害を加えられるわけでもなく、魔力の光がシロウたちを走査スキャンするように各々の体表を走り抜けていく。

 各々の円柱に合わせてその周りに浮かび上がった複数の表示枠には数値化された『野晒案山子スケアクロウ』の党員メンバーの情報が高速で書き込まれては更新され、新しい表示枠に切り替わってゆく。


「あ、あわわわ――」


 ダメージや力が抜かれるような感覚はないとはいえ、眩しくてもなんとか見ることのできる円柱周りの表示枠から、自分たちがどうやら走査スキャンされているらしいことくらいは理解できる。


 全身、上半身、顔、瞳、四肢の各部分など、自身の画像に合わせて無数の文字らしきものがびっしりと書き込まれているとなれば、女の子としてはあわあわするのも仕方なかろう。

 光の円柱の中で全裸にされているわけでもないのに、表示枠の中の自分の姿が全裸になっていればなおのことである。


 反射的に隠すべきところを両手で覆いはするが、表示枠の中の無表情な自分は慈悲なく全裸のまま。


 自分のことよりも女の子二人のとりあえずの無事を確認してほっとしている男子どもには申し訳ないが、表示枠が両面表示でないことを仲間のそれで確認し、赤面したままとりあえず安堵するしかないシェリルとフィアである。


 男子どもは自分の分析情報の画像が全裸であることはわりとどうでもいいらしい。

 この点に関してだけはヤロー共の剛毅さを認めざるを得ないと思うフィアである。


 取りようによっては入場許可者――扉の向こうへ行くことを許された者を登録する過程に思えなくもない状況が続き、唐突に魔法陣も場に満ちた膨大な魔力――シロウたちが数年がかりで集めたそれ――も一点に集約され、光と闇が入れ替わるようにして黒い球体スフィアとなり、その後ふと消える。


 …………。

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