第六話 歌と踊りの町

①道の途中

 構成員のほとんどが男所帯なイハナ隊だが、隊長のイハナ以外にもう一人女の隊員がいる。

 夫婦そろってイハナ隊の一員をやっている妻の方、マドレーだ。

 長身の副隊長エステバンと並ぶくらい背が高く、彼よりずっと横幅も大きい。

 要は隊一番の大柄な体型で、声も大きければ力も強い。

 隊長のイハナも、他の男連中もなんとなく彼女には頭が上がらないでいた。

 戸籍上は隊員の一人マリドの妻だが、ほとんどイハナ隊全員のお母さんみたいな存在だった。

 

 隊長であるイハナが隊の顔と魂、副隊長のエステバンが頭脳とするなら、マドレーは隊の肝っ玉と胃袋を担っているといえる。

 主に隊の栄養管理を担い、野営などの時は彼女が料理の指揮をとる。食料の買い出しや、食材に関する商材の目利きも彼女の右に出るものはいなかった。


 新しい旅の同行者であるココハの味の好みもしっかり把握しており、手が空いている時は、木の実や果実などでちょっとしたお菓子なんかも作ってくれるので、彼女にとってもありがたい存在だった。

 もっとも、苦手なものでも残したりしようとすればこっぴどく叱られるので、イハナたち同様マドレーに頭が上がらないのは、ココハも同様だった。


「ほーら、シャキッとしな、隊長! あんたが元気ないと、隊のみんなやココハちゃんにもうつるでしょうが」


 そのマドレーが、隊長であるイハナの背をばしんと叩いた。

 次の町へと向かう、道の途中でのできごとだ。


「あいだッ! もう、わ~ってるわよ! マドレー、あんた力強いんだから加減しなさいよ。……はぁ」


 イハナは顔をしかめて返したものの、その後に特大のため息をつく。

 とぼとぼと歩くその背は、いつも元気なイハナから比べるとずいぶん丸まって見えた。

 ここ数日、イハナはずっとこんな調子だった。

 食事の時もぼ~っとしていたり、やたらとため息をつく姿が目につく。


 ココハも気にはなってたけど、本人に聞けずにいたことだった。

 ココハはちょこちょこっとマドレーの近くに早足で寄り、声をひそめて話しかけた。


「……イハナさん、ここのとこ元気ないですよね。どこか具合でも悪いんでしょうか?」


 心配げに問うイハナと対照的に、マドレーはあっけらかんと笑っていた。


「ああ、アレ? いいのいいの気にしないで。大したこっちゃないから」

「はぁ、ほんとですか?」

「ほんとほんと。ほっといていいからね、ココハちゃん。ま、ずっとあんな調子だったら、あたしからもう一発気合い入れてやろうかしらね」


 いくらココハが聞いても、マドレーは豪快に笑うばかりで何も教えてくれなかった。

 他の隊のみんなも、元気のないイハナの様子をあまり気にしていない、どころかどこか面白がっているような雰囲気すらあった。


 なら大丈夫なのかとも思うけど、細かなことを気にしないイハナの性格が伝染してか、イハナ隊の人間たちはわりと大事なことでも、笑って流してしまう傾向があった。

 副隊長のエステバンの苦労がしのばれるというものだ。

 少なくとも、病気の類ではなさそうだが……。


「おいおい、ココハちゃんにな~に吹き込んでるんだ。お前さん」


 ココハとマドレーが話し込んでいるのを見て、後ろからマドレーの夫、マリドもやってきた。


 マドレーと対照的に小柄な男で、ココハよりも頭一個分くらい低い。

 よくデコボコ夫婦とからかわれているが、一緒に隊商をやっていることからも分かる通り、夫婦仲は良い。

 小柄で、見事につるんと禿げ上がった頭もユーモラスで、なんとなく隊の道化役みたいなポジションを彼は担っていた。

 二言目にはジョークや軽口を挟まずにはいられない性格で、みんなが疲れている時などは、彼の話す少し毒を含んだ軽妙なトークが隊の活力になったりしていた。

 彼なりの線引きがあるのか、隊の皆になじむまではココハを冗談の種にすることはなかったが、いまは彼女も容赦なくからかわれるようになった。


「あんた、人聞きの悪いこと言うんじゃないよ。ココハちゃんが隊長元気なさそうだって言うから、気にしなくていいって教えてただけさ」


 マドレーがそう返すと、マリドもにやりと笑った。


「ああ、アレか。ま、見慣れないもんからしたら、隊長がふさいでるなんて、明日はドラゴンが空から降ってくるんじゃないかって思えるよなあ」

「はい、思います」

「けど、心配ご無用。ほんとは隊長も次の町のことを楽しみにしてるんだよ」

「はあ……」

「あの人はな、いま、ちょいっとばかり緊張気味なのさ」

「きんちょう!? イハナさんが?」


 ココハは思わず声を上げていた。

 およそ、イハナという人物に、もっとも似合わない言葉だった。

 少なくとも、これまでイハナが緊張しているような場面を、ココハは思い出せなかった。

 

 マリドはしーっと、口に指を当てた。

 夫婦そろってそっくりのにやにや笑いでココハを見ている。


「隊長には悪いけどな、めったに見れるもんじゃないからなぁ」

「あんたの方がよっぽど人が悪いよ。あたしはもちっとシャキッとしてもらいたいもんだけどね」


 そうこぼしたマドレーも、まったく深刻に心配しているふうではなかった。

 次第にココハの中にも好奇心が湧いてくる。


「いったいどうしてイハナさんが……。そんなに難しい取引をこれからするんですか?」


 ココハの問いかけに、二人はそろって噴き出した。


「いやいや、そんな大層なことじゃないんだよぉ。隊長が悩むくらいの商売なら、オレ達の方がもっと大慌てさ」

「そうそ。まっ、隊長だっていつまでもあのままじゃないだろうさ。気にしないこったね」


 ココハ達の話が聞こえていたわけではないだろうが、前方を歩いていたイハナが不意に「おしっ」と何やら気合いの声を発していた。

 ぱん、と自分の両頬を強く打っている。


「切り替え、切り替えっ。ココちゃん、ちょっとこっち来て!」

「え、あ、はい!」


 突然名前を呼ばれて、ココハはあわててイハナの元へ行く。

 陰口を言い合うみたいな形になっていたから、少しだけ心配だった。

 でも、イハナは特にココハたちがどんな会話をしていたのか、気にしているふうではなかった。


「ちょいっとここから上り坂が多くて、道が険しくなるけど、ココちゃんだいじょうぶそう?」

「はい。わたしもだいぶ、皆さんのペースに慣れてきました!」

「おっけーおっけー、素晴らしい!」


 イハナ隊に同行してもらって最初のうちは、ココハはそのペースについていけず、ずいぶん苦労したものだった。

 でも、ここ最近は、騎鳥をひいて歩く彼らの体力にすっかり慣れていた。

 時おり騎鳥に乗って駆ける時も、イハナと一緒に乗れば問題なく乗れていた。

 きっと険しい上り坂だったとしても、なんとか付いていけるはずだ。


「次の町、言った通り、着くまではちょっと大変だけどね~。でも、そんかわし景色は最高だから。海と山に囲まれた町、モンターニャ。ココちゃんもぜったい気に入ると思う!」

「へえ~、それは楽しみです!」


 ココハは素直に声を弾ませて答えた。

 でも、その直後疑問に思う。そこになんで、イハナがナーバスになるのだろう、と。

 イハナに限って、高所恐怖症なんてことはないだろうし……。


「と、言うわけで、詳しい説明は任せるわ。エステバン!」


 イハナは、後方を歩く副隊長エステバンに呼びかけた。

 彼は黙って肩をすくめ、ため息一つ漏らすことなくココハの元にやってくる。

 隊長が自分に振ってくるだろうことを、あらかじめて予期していたのかもしれない。


「海と山の町モンターニャ。この国でも非常に歴史の古い町です。

 他のどこの都市にも見られない様式の古代建築があり、古い文献に出てくる幻の王朝の正体がこの町ではないかとも言われています」

「幻の王朝……なんだかドキドキしますね!」


 魔導学院の授業では、一般教養として国の歴史についても一通り教わっているのだが、そんなことはすっかり忘れているココハだった。


「はい。古くから貿易港としても栄え、海外からの文物が我が国に流入する玄関口でもありました。

 また、一時期、砂漠の民たちがこの町を支配していた頃もあります。

 遥か遠い大陸から移民が大量にやってきた時代もありました。

 特筆すべきは、彼らがそれらの時代の建物を取り壊すことなく、改築していまも住居として利用していることでしょう。

 決して大都市とはいえない町ですが、巡り歩くだけでこの国の歴史が肌に感じられる町と言えるでしょう」

「なんか、すっごくワクワクしてきました!」


 淀みなく、低く静かな声で語られるエステバンの言葉は、頭の中にすぅ~っと染みこんでくるようだった。

 話を聞くうちに、ココハは訪れる町への憧れに似た想いが募っていくのを感じていた。

 イハナが元気なさげだったことも、いつの間にやらすっかり忘れていた。


「歴史と並んでもう一つ、モンターニャの大きな特徴が、町の住民皆が歌と踊りを非常に愛好していることです」

「歌と踊り、ですか?」

「ええ。と言っても、サラマンドラ交響楽団のような重厚なものでも、宮廷舞踏のような格式ばったものでもありません。

 素朴で軽妙な歌と踊りを彼らは好み、祝祭日でなくても、そこここに音楽が自然に溢れるような町なのです」

「おお~、ますます楽しみです!」


 もはやキラキラと音が聞こえてきそうなくらい目を輝かせ、ココハはエステバンの解説に聞き入っていた。


「賑やかなんだよなあ、あそこ」

「陽気さじゃ、うちらも勝てないよな、あの町の人たちには」


 他の隊員達も口々にそう漏らす。


「交易の玄関口であるモンターニャは我々隊商としても訪れる価値の高い場所ですが、ココハさんが町を巡っても、きっと興味を引くものに数多く出会うことでしょう」


 エステバンはそう話を締めくくった。

 事前情報としては、この上なく期待値の上がる解説だった。

 ココハは、ラスカラスの時と同じように、イハナと町歩きする自分の姿を想像して胸を膨らませていた。

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