⑦イハナ、不安になる
そのまま二人はおいしいクラーチャの余韻に浸るみたいに、すぐには立ち上がらず、川の流れと行きかう人をなんとなく眺めていた。
行きかう人は浅黒く日焼けして、どことなく精悍な顔立ちをして見える。
やっぱり、彼らも元旅人だったりするのだろうか……。
―――町を巡るのも楽しかったけど、こんなふうにイハナさんと二人で、なにもしないでぼ~っとしているのもなんだかいいなぁ。
なんてぼんやりと思っていたココハに、
「……なあ、ココちゃんや」
「なんでしょう?」
ぽつりとイハナが呼びかけた。ココハはきょとんと小首をかしげる。
「その、正直なとこを率直に答えてほしいんだがね……」
「はい?」
いつも明るく前向きで、少々強引なイハナらしからぬ言いよどみようをいぶかるココハ。
こんな自信なさげなしゃべり方をするのは、ギターの練習を目撃して以来だった。
「その……ココちゃん。ぶっちゃけ迷惑に思ってたりしない?」
「え? ……はい?」
何を言われたのか分からず、ココハは二度訊き返した。
「いや、町歩きだって言って連れまわしてさ。ココちゃんの気持ちちゃんと聞いてなかったよね?」
「いまさらですか!?」
この五日間でイハナに振り回されるのにすっかり慣れてしまったココハは、思わずそうツッコんでいた。
「いや、ほんといまさらなんだけどさ……。ココちゃん、もしかして今日くらい宿でゆっくりしてたかったかな~とか、はじめての町だし一人で回ってみたかったりしたかも、とか考えたら不安になってきちゃってよー……」
「いやいやいや」
ココハは苦笑して「イハナさんがそんなこと気にするなんて、明日は槍でも降るんじゃないですか」とかなんとか冗談で返そうとした。
けど、思いのほかイハナが真剣に気にしているようなので、思いとどまる。
ギター練習の一件を見ても、案外完璧主義者なところがあるイハナのことだから、市場や飲食店街で思わぬ結果になってしまったことを気に病んでいるのかもしれない。
だから、ココハも真剣に言葉を選んで答えた。
「わたしはイハナさんに街を案内してもらえてとっても感謝してますし、すごく楽しいですよ」
「……ほんと?」
「百パーセント、誓ってホントです。今日だけじゃなくて、サラマンドラを出てからずっとイハナさんにはたくさんのことを教えてもらってますし、ほんとに隊商の皆さんとも旅ができてよかったって思っています。まだ、そんなに日は経ってないですけど……」
イハナは言葉を探しながら、がんばって思いを伝える。
一人きりの長旅は不安で、旅の大ベテランであるイハナ隊に同道させてもらえることはほんとにありがたいことだ。
けど、いま感じているのは、そんな実利的な感謝の気持ちばかりではない。
イハナ隊の面々、特にいつも自分のことを気にかけて傍にいてくれるイハナのことを、心から好きになっていた。
イハナといっしょにいると、魔導学院の親友たちといるのとはまた違った心地よさを感じる。
「わたしが気にするとすれば、わたしといるせいで本業のお仕事の方ができなくなっているんじゃないか、ってことだけです」
「それは……ぜんぜんへーきだし、そんなことないけど……」
「でしたら、なにも問題ないですし、わたしの方からもっと一緒にいさせてください、って頼みたいくらいです!」
「ココちゃん……」
ココハは少し照れたみたいに笑って、
「わたしにとってイハナさんは、なんだか歳のはなれたお姉ちゃんみたいな存在で―――あ」
ココハは、自分のつむいだ言葉が致命的なミスだったことにきづいた。
けど、もう手遅れだった。
「としの……はなれた……?」
イハナの眉が不穏にぴくりと跳ねた。
「いや、いまのはマチガイ、言い間違いです! 歳は離れてなくてフツーにお姉さんみたいというか……」
「そっかー、わたしてココちゃんのなかでそんな年増なイメージかぁ~」
「だからチガくてですね! イハナさんは年齢とかじゃなくて精神的にオトナというかたくさん学ぶことがあるというか、学院だと先輩というより先生ポジションというか、とにかく―――」
なんとか取り繕おうと、ココハは必死でまくしたてた。
けど、言葉を重ねるほど自身何を言っているのかよく分からなくなってくる。
イハナはだんだんとうつむきがちになり、くの字に背中を曲げ方をわななかせていた。かと思うと、
「ぷっ。……あはははは、ジョーダンだよ、じょ・う・だ・ん!」
笑ってぴょんと顔を上げた。
―――いや、一瞬見えた顔、目が笑ってなかったですよね‥‥…。
ココハはそう思ったけれど、もちろん口には出さなかった。
「ココちゃんがそんなふうに思ってくれてると分かってほっとしたし嬉しかったよ~。ココちゃん、むぎゅー」
「ちょ、イハナさん!? 脈絡なく抱きつかないで」
頬をくっつけて思いっきり抱きついてくるイハナに驚くココハ。
必死に引きはがそうとするも、イハナは全然取り合わなかった。
「やめてください、こんなトコで。恥ずかしいです!」
「え~、じゃあ天幕の中ならいいの?」
「それもダメです! 夜、安心して寝れなくなるので」
なんて言いあいながらも、二人はけたけた笑っていた。
ややあって、イハナはココハを放して立ち上がり、
「さ、そろそろ行こっか、ココちゃん」
「はい、行きましょう」
「改めて、ココちゃんの帰り道の途中までだけど―――これからもよろしくね、ココちゃん」
「はい。こちらこそ、よろしくお願いします。イハナさん」
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