第2話 神に恋した少女

 神に恋したその少女は、暗い場所にいた。


 蝋燭の炎が不気味に揺れる暗闇。

 そこで、抑揚のない声が響き渡る。

 怪奇な図形が浮かび上がる魔法円の上で、緋色のローブに身を包んだ少女が呪文を唱える。


 汝を我は喚起す

 住まいを捨てた明けの明星ルシフェル

 かつて神にもっとも近かりし者

 天地創造一日目にして地へと投げ落とされし反逆者


 意図された運命を導く台詞で、神への憎悪をたぎらせる。

 側にもいてくれない。

 姿も見せてくれない。

 それなのに、永遠に私を愛して見守る卑怯な神への憎悪。

 罪にまみれた人間の身で、私は神に酔いしれるようになった。


 人を人とせし者

 人に原罪をもたらし

 子を産み食物を得、死すべき運命を与えた偉大なる誘惑者ルシフェル


 少女の歪んだ愛情が、呪文によって紡がれる。情欲にまかせ快楽に溺れるように、激しい熱情と劣情で自らの意思をさらけ出す。


 さぁ、見るがいいわ。

 あなたの創り出した、あなたの一部を。

 あなたの愛した淫らで煩悩にまみれた人間の姿を。どくどくと息づくこの心臓は、あなたへの狂った愛の証。


 この世の最高の絶望を知る

 孤独な放浪者たる汝を我は賛する


 愛に蝕まれた私を、あなたは清いと言えるのかしら?

 人間に存在を気づかせ、力を与えた。それはあなたの罪。


 我は愛の享受を放棄する

 それは不断にして永遠なり


 平等な愛なんていらない。

 私だけに向ける愛がないのなら、何もいらない。

 私を知って。

 その他大勢の愛する人間なんかじゃなくて、私だけを見て。


 ――そのためなら、あなたの逆鱗にふれたっていい。


 あなたから迸る愛の水は全て飲み干し、放たれる愛の光は、全て覆い尽くしてやる。

 嘆くがいいわ。

 悲嘆にくれて血の涙を流しながら、私を殺せばいい。


 あなたの心に、私の存在を刻みつける。

 永遠に残る傷跡をつける。

 罪人として地獄の口に呑み込まれ、硫黄の燃える火の池に投げ込まれようとも、本望。


 長い時間なんて見つめないで。

 生だけを与えて自己満足しないで。

 私の生を惜しまないのなら疎んでちょうだい、呪ってちょうだい。

 今の私を。


 ああ、このままだと私は罪を犯す。

 愛しい神よ、見ているのなら全てを消して。

 手遅れになる前に、全てを……。


 我の内へと向かい

 自由に流れよ


 ルシフェル 我が主よ

 汝、我をむさぼり給へ

 我と契りを交わし

 天を滅ぼす悪魔を産み出さん


 その時、少女は気づいていなかった。

 悪魔の気配を辿り、何人もの聖人が来ていたことに。


 扉は勢いよく開け放たれ……。


 完全に具現化されていない悪魔は、少女の魂だけを奪い、消え去った。


 そこは、王立魔法学園の真夜中の地下室。

 変わり果てた少女の姿に、駆けつけた一人が呟いた。


「俺の生徒だ……」

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