魔法学園の片隅で、先生に玉砕覚悟で告白したらプロポーズされました【完結】

春風悠里

第1話 魔法学園の片隅で

 ここは国立魔法学園の校庭の裏にある、大きな焼却炉の真後ろだ。

 機密文書も含めて、再現も不可能になるよう徹底的に焼かれる場所。


 処分される時間も立会者も決まっていて、昼放課に限っては静かで誰もいない。


 ……大好きな、先生以外は誰も。


「今日も先生は、ここにいるのね」

「また来たのか、フローラ」


 苦笑しながら、ウィリアム先生がこちらを見る。

 深紫の髪を大雑把に後ろで留めて、まるで見た目を気にしていない。眼光の鋭さは長い前髪で隠れ、軽い口調からはそれを人には気づかれないけれど……私は、冷たく見えるその黒曜石のような瞳が好きだ。


「だって、誰もいないし」

「俺がいるだろう」

「先生だけなら、嬉しいだけじゃない」

「はいはい、今日はどんな質問があるんだ?」


 私はあまり、人付き合いが得意ではない。人がいない場所を求めて学園をさ迷っていた時に、たまたま先生とここで会った。それからは、魔法学について質問をしたいというのを口実に、ついここに来てしまう。

 本当は毎日来たいけれど……しつこいと怒られそうで我慢している。


 上手く人と会話を続けられない私が、唯一楽しく話せる相手――……、それがウィリアム先生だ。


 先生との秘密の逢瀬。

 誰にも知られたくない大切な時間……でも、もう先生はこの学園を立ち去ってしまう。

 明日には、いなくなる。


 隣国とのきな臭い状況が続いていて、最近になって緊張が高まっている。無理な要求を突きつけられて、もう予断を許さない。武力衝突は避けられないところまできている。

 資源も少なく民からの求心力も急激に落ちてきた隣国が、一発逆転を狙っているのだろう。


 先生も、魔術師として国からの招集を受けたらしい。


「神様って……本当に善なる存在なのかな」


 本当は、先生に告白をしに来た。

 でも、まだ時間はある。玉砕する前に、聞きたかったことを聞いておきたい。


「……最後に根本的なことを聞くなぁ。治癒魔法に特化しているくせに」

「先生が、わざと分かりにくく教えるからでしょ」

「答えは自分で見つけだすものだ。分かった気になるのが、一番危ない」

「ねぇ、それでどうなの?」

「お前はほんと、俺と二人になるとタメ口になるな……」


 だって……先生に近づきたい。

 身近に思ってもらいたい。

 最初は探り探りだったけれど、許されて笑ってくれるから、つい甘えてしまった。


 しゅんとしていると、ポンポンと頭を優しくたたかれた。


「ご、誤魔化さないでよ、先生。神の聖なる愛を感じることさえできれば、もっと私の治癒魔法だって効果が上がるはずだもん。疑心に苛まれる人も、欲に目がくらむ人も、悲しみに打ちひしがれる人だってたくさんいる。ねぇ、本当に全ての禍は福に転じるためのものなの?」


 もっと治癒魔法を使いこなせれば、一緒に行けたかもしれないのに。

 強い魔術の使い手は、学生であっても招集される。私にとっては生きづらいこの世界で、先生の存在すら感じられない中、惰性で生きるよりも戦場へ赴きたい。


「俺や君が、確かにここに存在している。それこそが、神からの愛の証だろう?」

「でも、魔法大全の書では、神と悪魔は賭けをしているのよ? ヨブ記では、いわれなき災いを受けたヨブが神に理由を問うて、何様のつもりだと言われている」

「人間の常識で善とは限らない。それに、人もまた幸せであれば神を忘れ、悲惨であれば追い求める。それくらいでいい。光に近づきすぎれば、焼かれるんだ。大きな力なんて、持たなくていいんだよ」

「……だから、わざと分かりにくく教えているのね?」


 そう聞くと、先生はしまったなという顔をして、空を見た。


 まるで子守唄のように優しく、少し調子の外れた歌が、先生から紡ぎ出される。


 世界に刻されし 天の力は

 我々のために 時を刻む

 その恩恵を享受し

 心を捧げ 神に祈れ

 深き叡智をまとう 神の愛の泉に

 その身を浸せ

 真理の源泉から湧く 聖なる水は

 思いを鎮め 力を与える


 世界への解釈を深めるヒントなのかもしれない。相変わらず分かりにくいけれど、その優しさだけは伝わってくる。


 歌い終わると「まぁ頑張れや」と言って、懐から煙菓子を取り出した。


「ほら、食べるか?」

「食べるけど……」


 大きなラムネ菓子のような色付きの煙菓子を、いつも先生は持っている。サラッと口の中で甘く溶けて、ふっと吹くと、まるで寒い日の白い息のように色のついた煙が周囲へと広がり、消えていく。


 口の中に甘みを残して、虹よりも早くその色を消す煙菓子は、儚い恋にも似て……少し寂しくなる。


 でも、私はそれを食べたくて、いつももらっているわけじゃない。先生から受け取る時に、わずかに手が触れることを期待しているからだ。


「ほい」


 いつもより、しっかりと手渡された。

 先生の温かい体温を一瞬だけ感じて、この時間が明日から失われることに涙が出そうになる。


 包みを剥がすと、私の煙菓子の色はピンクだった。


「先生は何色だったの?」

「俺は赤だ」


 二人同時に口の中に入れて、ふっと吹いた。赤とピンクが混じり合い立ち昇り……、そして消えていく。


 どうしよう……そろそろ告白をしようかな。

 そうしたら、きっと断られて……。


 あと少しだけ、先生について聞いてからにしよう。


「光に近づきすぎて、焼かれた人を知っているの?」

「ああ、俺の生徒だった。神に恋をして、自滅した」

「神に、恋……?」

「そうだ。恋をするなら、人間にしておけ」

「すごいアドバイスね……」


 今の話はしない方がよかったかもしれない。先生の顔が苦悶に歪んでしまった。


 でも、告白する流れ、よね……。

 私は神様になんて、恋をしないって。

 先生が好きなんだって。


 よしと息を呑むと、私は口を開いた。

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