第20話 増殖する視線
そんな視線とこそこそとしたささやきに付きまとわれて一日を過ごし、俺は弦楽部に顔を出した。
が、そこでも噂を知られていたと見え、笑いながら、
「蒔島、ドラマで俳優デビューするんだって」
と先輩に言われた。
「嫌だなあ、違いますよ」
俺は教室でした言い訳を繰り返した。
それで先輩たちは収まったし、同じ1年生はそれで自分たちも何かこれ以上言うわけにはいかないという雰囲気になった。
先輩はこれを見越していたのか。ありがたいことだ。
が、三枝先輩はまたも俺をじとっと睨んだ。
「……何ですか」
無言の圧力にたまりかねて訊く。
「ドラマに出るんなら、弾いてくれたっていいじゃない」
「……昨日のは俺とわからないくらいに改造されてたし、断れなかったので」
「じゃあ、ぼくのは何で断れるんだよ」
「え。断れないわけはどこにもないでしょう」
真顔でそう訊き返すと、三枝先輩は泣きそうな顔で走って行った。
やれやれ。
「あいつも、容姿が主に受けたって事は嫌ってほど自覚はしてるようだな。練習してもいきなり上手くもならないから、せめて、と思ったんだろうな」
友田部長が三枝先輩の走り去ったドアの方を見ながら言う。
「だったら親父でもマネージャーにでも言ってスタジオミュージシャンでも入れてもらえばいいんです」
「もしくはCDの話自体を断るか」
俺と友田部長はそう言って軽く嘆息し、それは難しいだろうな、と思った。
練習は問題なく進み、解散となる。
鍵の当番だったので、俺が鍵を引き受けて職員室へ返しに行き、それから昇降口へ行った。
と、待ち構えていたらしい上級生がいた。
「蒔島。俺と付き合ってくれ」
「は?誰ですか」
目が丸くなり、次いで、冷たくすがめられる。
「3年2組の小田で、空手を10年やってる。聞いたんだが、蒔島はパートナーを探しているんだろう、家の意向で。だったら俺にしてくれないか」
言いながら、前進してくる。なのでこちらは後ずさっていく。
「小田先輩、それは仕事というか人生の右腕という意味で、しかも俺はそれもちょっとどうかなと思っているところで」
「ボディガードなら俺でもできる。それに、そういう意味でも、パートナーになってもいい」
何か上から目線になってきたぞ。
「いやあ考え直した方がいいですよ。俺なんてそんな」
「何を言う。そうやっていれば目立たないが、写真で見たぞ。髪型を変えてああいう風にメイクすれば」
「それはもはや俺ではないですよ」
チカンに逢った女子が泣く意味がわかった。
「それに先輩、こんなモブの右腕なんてならなくても、自分で人生を切り開いていけますって」
「何を言う。蒔島は、ああ、春弥君が目立ったから陰に隠れてたが、成績だって一番だったんだろう?どうしてか誰も何も言わなかったが」
「いやあ、地味さには定評があるんで」
「だから、そんなに卑下しなくてもいいぞ」
俺の背中が壁に突き当たった。
まずい。
「大丈夫だ。心配はいらん」
いる!心配しかない!
「別に急ぎはしない。ゆっくりと、距離を縮めていけばいい」
「そそその割に、詰めてきてますよね」
「大丈夫」
「全然そうは思えない!」
小田先輩が笑顔と呼ぶには爽やかさの欠片もない欲まみれの顔で、ゆっくりと腕を上げて伸ばしてきた。
ああ、ピンチだ!こんなピンチはモブの俺には存在するわけがなかったのに!
俺はパニックになった頭で、なぜか一心不乱に般若心経を唱え始めた。
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