第10話 

 ……だるい。

 俺は寝込んでいた。

 風邪とはな。


 放課後になると新妻から連絡が来た。


『大丈夫?』

『大丈夫だ。寝てれば治るだろ』


 本当に風邪を引いたら病院に行く気が起きないものなのだ。

 でも、そこまで具合は悪くない。

 

 今なら、たっぷり眠れるだろう。

 玄関のベルが鳴った。


「イツキくーん!」

「……新妻か……」


 俺はよいしょと起きて玄関に出た。

 老人はいつもこんな気分なのだろうか?

 老人になった気分だ。


「……新妻、ボディーガードできなくてごめんな」

「起こさせちゃったね」

「うつるぞ」

「いいから、寝てて」


 新妻は俺に抱きつくようにして俺をベッドに運ぶ。

 そして俺の額を触る。


「熱いね」


 新妻がベッドを触る。


「汗、掻いちゃったね」


 新妻が俺をベッドから抱いて降ろそうとする。


「んんんんんん!」

「無理だ!無理するなって」


 俺はベッドから降りた。


「はあ、はあ、出来るかなーと思って」

「いや、腰を痛めるぞ」

「ふふ、イツキ君で腰を痛めちゃうね」


「……からかうな」

「ごめんね。シーツの替えはある?無いなら持って来るよ」

「クローゼットにあるけどこのままでいい」

「ダメ」


 新妻がベッドのシーツを交換し、俺をベッドに運ぼうとする。


「だからそれ危ないぞ」


 俺はベッドに寝ころぶ。


「眠い?」

「……少しな」

「食べられる物はある?」


 あっさりした物が食べたい気はするけど言えば新妻が買って来るだろう。

 迷惑はかけない。


「……いや、いい」

「フルーツとヨーグルトとゼリーは食べられるかな?」


 顔でばれてしまったか。


「……フルーツ」

「フルーツの何を食べたい?」


 新妻が俺の両頬を触って顔を固定する。

 目を逸らそうとするとしっかりホールドされた。

 まるで心を読まれてしまうように感じた。


「バナナヨーグルト」


「ん、他に湯豆腐かお粥、うどんならどれがいいかな?」

「湯豆腐のうどん入り」

「うん」


 そう言って俺の頭を撫でた。


 新妻は無言で冷蔵庫を開けて閉めた。

 ロクな物はないんだよなー。


「ちょっと出かけてくるね。鍵を借りるよ」


 新妻が出て行った。




「はあ、はあ、はあ、ただ、いま」

「にい、づま」


 走って買ってきたのか。

 なんか、わるいな。

 新妻は洗濯をスタートさせて料理を作り始めた。

 掃除とゴミの分別までやってくれている。




「湯豆腐、出来たよ」


 新妻が湯豆腐を皿に盛ってフーフーする。

 髪をかき上げて器を持つ姿に色気を感じる。


「ね、口で食べさせてあげよっか?」

「普通に自分で食べる」

「そっか、口移しでも良いんだけどなあ」


 そう言って俺に入念にふーふーされた湯豆腐を口に入れる。

 ふーふーは譲らないようだ。

 

「おいひい」


 擦り下ろしたショウガの香りと味噌のうまみ、そして鰹節で更にうまみを強めた味付けがあっさりな豆腐を美味しく引き立たせる。


 ナギサとまだ付き合ってたら、同じことをしてくれたかな?


「アッツ!」

「あ、ごめんね」


 熱い豆腐が唇に当たった。


「いや、ぼーっとしてた俺が悪い」


 こうして俺は湯豆腐を食べさせてもらった後、バナナヨーグルトを食べさせてもらい、しょうが汁を飲んでベッドに横になった。


 新妻の掃除と洗濯と食器を洗う音が聞こえる。

 

「ねえ、風邪じゃなくて、過労じゃないかな?」

「昨日もその前の日もたっぷり寝たぞ」

「そうやってほっとした瞬間に体に来るんだよ」


「そうかも、しれない。バイトを挟みすぎて、急にやめたからか」

「きっとそう、冷蔵庫に料理入れとくね」

「助かる。後で金は払うからな」

「いいよいいよ。ボディーガードのお礼だよ」


 ゆっくり出来て、シャツもパンツも取り換えた。

 体が暖かくて、眠い……




【サヤ視点】


 掃除も洗濯も全部終わると、イツキ君が眠った。

 私は、吸い込まれるようにイツキ君に寄り添う。


 イツキ君の顔に触れる。

 イツキ君の、唇に、吸い込まれるように、キスをする。


「んん、あうん、ぴちゅ、ん、んああ、あふん、はあ、はあ、イツキ君、くちゅ、あん、んんっはあ、あん」


 私は貪るようにキスを続けた。

 止まらない、止められない。

 麻薬のように癖になる。




【イツキ視点】


 俺は、夢を見ていた。

 新妻と、かなり、刺激的な夢を見ていた。


 目を開けると新妻が俺の頬を撫でて、唇を指で何度もなぞって誘惑してくる夢。



「おはよ」

「……おはよう。もう、夜か?」

「うん、ゆっくり眠れた?」


「そう、だな」


 エロい夢を見ていたとは言えない。


「イツキ君、キス、しよっか」

「風邪だったらうつすだろ」


「ええ?過労だと思うなあ……風邪が治ったらいいのかな?」

「……からかうな」


 新妻が帰るまで、俺の心臓はドキドキと激しく動いていた。


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