第23話 刷り込まれたのは

「おいお前ら騒ぐんじゃないぞ!?」

「おいこれホント上手く行くのかよ!?」


 それは連城が幼少のころの記憶だ。


 とある資産家のパーティーに出席したのだが、その日連城は『誘拐』された。


 パーティーの最中、広いホールを出てトイレに行く最中、バンダナを口に巻いた男が連城を背後から襲い連れ去ったのだ。


 そして車で運ばれた先が


「ハッ! 相手は大財閥だぜ? 俺らの要求した金額なんてあっさり払うだろ」

「だといいが……」


 この薄暗いアパート。

 どこかも全く分からない場所だった。

 そして一緒に連れさられたのが


「大丈夫?」

「うん、大丈夫」


 砂野財閥の御曹司、幼少期の砂野砂金と、とある少女。


 とても美しい美貌をした少女である。


 その幼女離れした美貌は各種テレビ局もすでに目を付けており、連城もTVで何度もその姿を目にしていた。


 今日のパーティーに特別ゲストとして招待された少女。


 目の前にいるこの世の物とは思えない美少女。


 今思えば、あの少女に抱いた感情こそが、連城の初恋だったのだろう。


 そして連城は、今思えばなんと愚かなことだろう、良い所を見せようとしたのだ。


 なにせ自分は連城財閥の御曹司で、多くの財閥関係者からその才能を認められているのだ。

 たとえ大人七人でも倒せるに違いない。


 そう、子供ながらの万能感で思ってしまったのだ。


 しかしあっさりとその高い鼻は折られることになった。


「あぁ、なんだぁ坊主? なんか文句でもあるのか?」


 連城が文句を言おうとすると虫けらを見るかのような視線と脅し文句が向けられたのだ。


 今思えば、語学力が足りないとしか言いようのない脅し文句だ。


 しかし当時子供の連城を委縮させるのには十分だった。


「……なんでも、ないです……」


 目に涙を溜めながらなんとか言葉を絞り出す。


 それきり連城は膝を抱えただただ時間がたつのを待つしかなかった。


 いつか父親が助けに来てくれると信じて。


 しかし助けが来るよりも早く、ある男が一緒にいた少女に目を付けたのだ。


「にしてもやっぱこの子かわいいっすね!?」

「おかげでテレビでも引っ張りだこだろ。そいつがゲストで呼ばれるっていうから今日この日を選んだんだぜ? 有名人も一緒に誘拐されたとあっちゃ内密に済ませるだろしな」


 こともなげに返すサングラスをかけたリーダー格の男。

 一方で話しかけた小太りの男は、リーダー以上に少女に興味を示していた。


「かわいいでちゅねー、大ピンチでちゅねー。ママの元に無事に帰れるのかなぁー」


 男は退屈しのぎに少女をいびり始めた。


「これからどうなっちゃうんでちょうねー、怖いでちゅねー、あ、泣いちゃったでちゅねー」


 しばらくすると男にいびられ続けた少女はさめざめと泣きだした。


 当然だ。誰だって怖いに決まっている。


 肩を震わせ嗚咽を漏らす少女。


 だが連城は怖くてそれを止めることが出来なかった。


 先ほどの男の言葉で連城はがんじがらめになっていた。

 

 だがその時


「お前、一体何をやっている――?」


 あろうことか砂金が、男の前に立ちはだかっていたのだ。


 今でも連城はあの時に怒りで怪しく輝く砂金の瞳が忘れられない。


 そして、そこからの記憶はあいまいだ。


 ただ確かなのは怒りで我を忘れた砂金が


 血だらけになりながら大の大人七人を倒し切ったということと、


「あ、ありがとう……」


 そしてその少女が満面の笑みを『砂金』に向けていたということだ。


(そうか――)


 そこでようやく連城は気が付いた。


 父である貞人が言っていた言葉。


『愛する者の命が懸かった戦いで自分が無力だと痛感させられるのは、これ以上にない『刷り込み』になる』


 妙に腑に落ちたあの言葉。


 なぜあの言葉であっさり納得できたのか。


 不思議には思っていたが、その理由が分かったのだ。


(好きな者を守れない経験は刷り込みになる?! そりゃぁそうだろ!)


 連城はとある光景を思い出しながら吐き捨てた。


 誘拐犯を倒し切り少女が砂金に礼を言うシーン。


 それを外野で自分が眺めていたシーン。


 連城が密かに恋心を寄せていた少女は『複数の男が転がる空間』で砂金に言っていたのだ。


(なぜなら僕が既に……ッ)


『あ、ありがとう……。私の名前は――』


(刷り込まれていたのだから!!)


『――柊トウカッ』


「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」


 砂金の強化された拳が連城の腹に深々と突き刺さった。


 連城はかつてトウカに恋をしていた。


 しかしそのトウカを砂金は守れたというのに自分は守れなかったことが、いつまでも連城の


 心の中にしこりのように存在していたのだ。


 だから連城は頑なに砂金への攻撃を自分はせず、つがいに行わせていた。


 連城は絶対に砂金に『才能開花』を使わなかった。


 全てが、砂金が『怖かった』からだ。


『愛する者を守れず自分の無力感を痛感するのは、これ以上にない刷り込みになる』貞人の言っていた刷り込みはかつて起きた事件ですでに連城に刷り込まれていたのだ。


 強大な財閥の力でもって内々に処理し、無かったことになったその事件で、連城は既に心に傷を負っていたのだ。


「カハッ!」


 腹部への強烈な一撃を受け地面に転がり肺に空気を送り込む連城。

 今にも倒れそうな連城に向かって、砂金は言った。


「……お前、一体何をやっている――?」


 誘拐犯に言ったのと、全く同じ言葉を。


「ッ!?」


 かつての亡霊が蘇ったようで連城は息を呑んだ。

 そして砂金を見上げ、煌々と輝く無機質な砂金の瞳を見て思った。


(――僕はこいつに、勝てない……ッ!)


 涙が出そうになるほど悔しい事実を突きつけられ、連城の瞳がジンワリ滴る。


 そこからは一方的な展開だった。


 連城があらゆるスキルをもってして砂金を倒そうとするが、それら全てを砂金が避け切り、


 打ち落とし、


「チェックメイトだ」

「どうやら、その通りだ……」


 フレア刀を突きつけられ、連城はボタボタ涙を落としながら両手を上げた。


「……ッ」


 白旗を上げる連城を目の当たりにし砂金の胸は大きく上下していた。


 自分でも驚きの運動性能であった。


 そしてこの段階になりようやく砂金は自身を覆っていたフレアの量に気が付く。


 アイを不良から守った時と同じ現象が起きたのだ。


 きっと記憶が今回は鮮明なのは、この現象を今度こそ使いこなそうと思っていたからなのであろう。


 だがそんなことに感心しているよりも砂金は重大なことを思い出していた。


 今の戦いの中で様々なことを思い出していたのだ。


 かつて自分が誘拐犯に攫われたことがあることを。


 そしてその時、一緒にいた


『あ、ありがとう……。私の名前は――』


 謎の少女が

 

『――柊トウカッ』


 柊トウカであることを。


 記憶があいまいになる副作用で砂金は忘れて去っていたが、あの時トウカが一緒にいたのだ。


 思えばトウカの美貌は幼少のころから多くのTV番組で取り上げられる程だったのだ。


「連城、お互い大変だな」


 同時に砂金は知っていた。



「親からの期待ってのは」



 連城が本来、このようなことをする男ではないことを。


 この戦いがアイではなく砂金をターゲットにしたもので、それが連城の意図ではないことを理解したのだ。


 砂金が労うと連城はその場に崩れ落ちた。

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