第16話 端緒
人によっては『私戦』は国立霊仙学園の醍醐味だという。
国立霊仙学園はその特性上、『絶対告白制度』『全員つがい編成制度』『ランダムデートマッチング』という三大制度を有しているが故、トラブルが非常に起きやすい。
様々な人間の羨望・怨念渦巻く環境の元、感情・思惑が絡まり合った結果咲き誇る『私戦』という花は人間の営みの総合芸術なのである、と。
また『私戦』に負けると、『私戦』に負けぬよう人は努力し自身の才能に磨きをかけ、結果、自己成長を促すため、『私戦』を不文律の第四制度だと言う人間もいる。
そういわれるほど命の危険があるにも関わらず罰則は緩く、砂金達生徒会や風紀委員が率先して取り締まるものでもあった。
「はぁ、これで今週六度目だぞ……」
砂金は学園に五十以上ある体育館のうち一つ、その裏で溜息をついていた。
目の前には三人の学生が地面で伸びていた。
今日も今日とて、砂金は『私戦』のターゲットにされたのだ。
『私戦』は相手サイドは綿密に準備したのち実行に移すので脈絡があるが、被害者側は日常から突如トラブル世界に引きずり込まれるため肝を潰すことこの上ない。
砂金の心臓はまだどくどくと脈打っていた。
もともとトウカとつがいをしており妬まれやすい場所にはいた。
だがそこにアイとつがいになるという新展開が加わり、実際に進藤が私戦をしかけ勝利したことで口火が切られたのだ。
進藤の一件以来、砂金はすでに十数件の私戦に巻き込まれていた。
幸いにも進藤に敗北して以降こちら、砂金に敗戦はない。
だが砂金が襲撃されるとこの前の進藤の一件と同様、トウカとアイが相手を締め上げに行こうとするので非常に危険なのだ。
このままではトウカとアイまで危険が及びかねない。
砂金の前では弱いふりをしておいて実は、という敵がいないとも言い切れないではないか。
前回、トウカとつがいになった際はトウカが相手を挨拶回りし倒し回ったからこそ収束した。
確かに前回はそれで済んだ。
そうすることで私戦は収束し、トウカにも怪我はなかった。
しかし今回もまたアイとトウカが怪我せず終わるとは限らない。
早急に何か手を打ち、この馬鹿げた状態を終わらせる必要があった。
「二年D組、鈴永と富岡、白田だな。お前達は学園が禁じている私戦を起こした。よって明後日までに反省文を原稿用紙で三十枚、主に私戦の孕む危険を主題に置いて提出しろ。加えて生徒会長権限で今月の支給金より『十万円』を減額する。当然教師にも連絡する。今から俺が救助隊を呼ぶから今日は治療して寮に帰れ」
砂金は保健室備え付けの救助隊員に連絡し彼らの回収の依頼をかける。
(今日も発動しなかったな)
電話で隊員に現状を伝えつつ、砂金は思考に耽っていた。
ここ最近、砂金は試していることがあるのだ。
即ち、いつぞやのアイとのデートで不良と喧嘩した時に砂金に発現した強力なフレアである。
砂金はこの馬鹿げた現状を打破するためにあのフレアを操ることが不可欠だと考えるようになっていた。
『神ノ山』ではないのに、『みおろし町』なのに、発現したあの強力なフレア。アレは間違いなく『スキルの受動発現』であろう。
スキルは本人が才能を『自覚』すると『能動的』に使用できる。
だがここに抜け道があり、才能が有れば、その才能を自覚せずとも、その才能が生きるような条件が整うとスキルが『受動的』に発現することがある。
それを『スキルの受動発現』と呼び、ごく稀に条件が揃い発動することがある。
砂金は自身に何の才能もないと思っていたが、偶然にもどうやら『それだけの』才能は持っているようなのである。
だとしたら手を伸ばさない訳がない。
わずかなフレア強化の『生徒会長の加護』のために生徒会長にすらなったのだ。
だがこの手の『スキルの受動発現』の原因を探り、自身の才能を『自覚』するのは非常に難
しい。
その才能を『自覚出来ていない』からこそスキル化出来ていないのだ。
結局原因を特定できないことが大半だ。
しかし砂金は私戦が度重なるにつれ、早急にそれをモノにする必要を感じ始めたのだ。
私戦以外にも理由はあった。
『砂金、お前は何をしているんだ……』
つい先日、砂金は父親から連絡を受け取っていた。
その電話は、砂金が進藤に私戦で敗北したことに対するものだった。
『お前は一位にならねばならないのに、この体たらくでどうするんだ』
勿論父親に言われたから砂金は『スキルの受動発現』の要因を探り始めたわけでない。
そういった不愉快な出来事があり、後押しをした、というだけだ。
あくまで一刻も早く、アイとトウカの危険を取り除きたいからこそ砂金は例のフレアの原因を探り始めていた。
「じゃ、今から君をインフィデンスするぞ?」
だから砂金は依頼を受ける合間にも頭の片隅には
「え、時計をなくした?分かった探そう。まず今日はどこに行った?」
例の現象の考察が繰り広げられていた。
「無いな……」
砂金は夕焼けの差し込む音楽室を一瞥し嘆息した。
女生徒が頼み込んできた時計を探し始めてすでに二時間近く。
一向に時計は見つからなかった。
「あった砂野君?」
ヒョイッと廊下から顔だけ差し込みあたりを見渡すアイに首を振る。
「そっかぁ」
アイは残念そうに剥れると、軽やかな身のこなしで引き返していった。
タッタッタと廊下を軽く駆ける音が響いてくる。
砂金は身をかがめ机の中などを再度探し始める。
こうしながらも砂金の脳内ではいまだ例の『フレア』の思考が並行的に処理されていた。
アイとのデートの日。
気が付くと目の前に地面に転がる不良たちの姿があった。
そして地面に倒れる大人達の姿を見て、砂金はある光景を思い出したのだ。
複数人の大人が地面に転がる光景を。
きっと遥か昔の光景だ。
視線の位置は今よりずっと低く、倒れる大人たちは当時の砂金よりもずっと大きかった。
ぼやける記憶の中、倒れる男達の中に、一人の少女が立っていた。
はにかみ、手をもじもじと置き場なく持て余す少女は言ったのだ。
『あ、ありがとう……。私の名前は――』
(………………………………………………………………)
砂金の中で何度も浮かんだ疑問がまた鎌首をもたげる。
記憶が鮮明ではない。
ただ西洋人形のような美人だったことは覚えている。
そして記憶を辿ることで、どうやら自分が、いや、『自分たち』がこの男達に『襲われていた』のだということまでは思い出すことが出来た。
しかし
『あ、ありがとう……。私の名前は――』
顔を赤くする少女。
その名前だけがどうしても思い出せない。
だが同時にそれが些末事であることも理解していた。
砂金が知りたいのは例のフレアの発動条件。
一緒に呼び覚まされた謎の少女の名前など、フレア発動には関係がない。
あの少女も、当時こそ自分の隣にいたが、今はもう当然、隣にはいないのだ。
いま世界のどこかにいるであろう赤の他人よりも喫緊の問題の解決だ。
だがその少女の謎は砂金の心の中にしこりのようにあり続けるのだった。
結局時計は女子トイレで見つかった。
「俺絶対見つけられなかったな」
砂金はぼやいた。
そう、重要なのは、『私戦』は仕掛ける側は綿密に準備した上で行われる日常の延長線上だが、被害者はそうではないことだ。
被害者は突如、非日常に放り込まれる。狐につままれたような感覚に陥るのだ。
だから重々承知せねばならない。
この学園で暮らす以上、常にそういった可能性があるということを。
「あ、小豆川さんの、寮室が荒らされてるの!!」
だからこそ、そのショッキングな情報は突如飛び込んできた。
そしてこれこそが綿密に組まれた私戦の始まりだったのだ。
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