第12話 私戦
私戦。
それが昨日起きた、特大気落ちする事件である。
この学園は 強制告白制度・全員つがい編成制度・ランダムデートマッチング、などの校則のせいで非常にトラブルが起きやすい。
自分の彼女に親友が告白しやがった。
彼氏を取られた。
あの男はいつになったら諦めるんだ。
などなどなどなど。
加えて『致命加護』というセーフティネットもあるため、人目を盗んで生徒同士が能力を使用した喧嘩を行うのだ。
それをこの学園では『私戦』と呼び、生徒会や風紀委員は厳しく取り締まっている。
だが昨日、砂金はこの私戦のターゲットにされ、負けた。
「なんだまた投書箱に入ってるよ」
「ここのところ連日ね」
事件の発端は生徒会室前に設置している目安箱だ。
そこにはよく匿名の依頼が入っており、毎日中身を確認するのが日課となっていたのだが
「うぇぇ、男子トイレだってよ砂金!?」
「カツアゲしてる連中がいるって? 仕方ないな」
昨日、目安箱にとある男子トイレでここ最近いじめが起きており、ある生徒がカツアゲをされているので止めて欲しいという依頼が入っていたのだ。
「でも砂野君? こういう仕事は風紀委員じゃないの?」
「そうなんだけど、こっちに間違って持ってきちゃう人もいるんだ。で、そういう時は俺たちで処理しちゃうかな」
盗難・暴力被害などの取り締まりは風紀委員の仕事だが、砂金は生徒の依頼ならこういった依頼も処理していた。
廊下でたむろしている人がいて邪魔だからどかして欲しい。
大事なお守りを盗まれたから犯人を捜して欲しい。
そんな依頼、砂金は何度も解決していた。
だからこそ、この依頼も風紀委員を通さず解決しようとし
「まあ場所が男子トイレだし、俺一人で大丈夫だな」
一人放課後の男子トイレに向かったのだが――
「おう。ようよう。ちゃんと話すのは初めてかな? 砂野会長さんよぉ?」
――それが運の尽きだった。
当該のトイレは校舎の隅にあった。
「進藤大地ッ!?」
現れたのは百八十以上のたっぱをもつ大男。
元アイのつがいであり、学年ランク九位の男である。
トイレの一番奥の個室からギィっと血走った目の進藤が現れた時点で砂金は目的を悟った。
『私戦』に巻き込まれるのは久しぶりだ。
トウカとつがいになった当初はよく巻き込まれたものだが、砂金が止めるのを振り切って、トウカが砂金を襲撃した相手を血祭りにあげていったことでいつしか収束していた。
そこでようやく砂金は思い至った。
砂金はアイのつがいになれた嬉しさや悲しさやプレッシャーで気づいていなかったが、早急に気づくべき事柄があったのだ。
今までトウカという誰もが羨むような圧倒的美少女とつがいになって、私戦がなかったのはつがいになった当初、トウカが色々と反撃してくれたからだ。
つがいになった当初は、思えば、何度も私戦に巻き込まれたものである。
そして砂金はほんの二週間前、アイとつがいになった。
――ならば
「じゃあ早速お手並み拝見とぉッ!」
――私戦にまきこまれるに決まっている!!
「行こうじゃねぇぇぇか!!」
言うや否やフレアを纏った進藤が突っ込んできた。
私戦の始まりである。
そうしながら砂金は思わずトイレの窓から空を見ていた。
空には鳥かごのようなオレンジ色の糸がかかっている。
どうやら『致命加護』は発動中らしい。
『致命加護』は基本的に一日中発動し、オレンジ色の糸で『神ノ山』全域を覆う。
つまりそれは、砕けた言い方をするならば、まあ死にはしないが徹底的にボコボコにされるということだ。
『致命加護』があるからどんなに本気を出しても大丈夫。
なぜなら死ぬような攻撃は勝手に無効化してくれるから。
何も躊躇うことはない。
勝手に死なない程度の、『致命加護』の対象にならない程度のダメージを入れていってくれるから。
「が、ふ……」
数分後、案の定、砂金はぼこぼこにやられていた。
スキルを有さず『生徒会長の加護』しか持たない砂金が勝てるはずがなかった。
すでに『致命加護』の発動回数、十八回。
極度の疲労感で立ち上がることはかなわず、体のいたるところには致命傷にならない傷が大量に刻まれていた。正常な肌の面積の方が少ないほどだ。
虫の息でボロ雑巾のようになる砂金。
「やっぱ俺んがつえーな、会長」
そして再度振り下ろされる蹴り。
砂金に抵抗する体力はもうない。
そんな砂金を救ったのはアイとトウカだった。
「アンタはぁ! 何やってんのよ!?!?」
進藤の蹴りが砂金に触れる瞬間、『超過駆動』を纏ったアイが男子トイレに駆け込んできてそのまま進藤を突き飛ばしたのだ。
そして
「私の砂野君にぃ! 酷い目を合わすアンタはぁッ!!」
そう、この学園は『致命加護』があり、相手は『死なない』。
「制裁制裁制裁制裁制裁制裁制裁制裁制裁制裁制裁制裁!!!!!」
「ひぶひぶひふぶぶっぶぶっひひぶぶっぶぶぶぶぶぶぶへぁぶぶえへぁぶぶぶぶぶぶ!!」
アイが左手で進藤の首根っこを掴み、右手を凄まじい速度で連続で振りぬいていく。
「あべろぶべべっひでぶぶぶぶべべべっおぺぺぺぺぺはぶっぶぶびばばば!!!」
比喩ではなく進藤の頭部がメトロノームのように上下左右に揺れ、数秒のうちに何度となく『致命加護』発動を知らせる燐光が瞬く。
「すっすいまぜんでしたぁぁ!!」
たまらず進藤が頭を垂れるが
「そんなんでぇ!」
アイが大きく足を後ろに下げ
「許すわけないでしょうがっ!!!」
思いっきり振りぬいた。
蹴り飛ばされた進藤がトイレの壁を突き破り空へ踊る。
「……ッ!」
そして宙を舞う進藤の姿を砂金を抱き起していたトウカがキツク睨んだ。
瞬間、
「おぶるああああああああああああああああああああああ!!」
進藤の体が目をつむるほどの明るい爆炎に包まれた。
トウカの有するスキルの一つ。
『威圧』
美人の睨みは怖いというトウカの『美貌』を土台にした睨んだ相手を爆撃するB級スキルだ。
――こうして砂金は助かったのだが、私戦に巻き込まれたというのは大きなショックになっており
「いいだろ。その話は」
「いやいや僕は興味があるね。どのようにやられたのか教えてくれよ? いいじゃないか、幼
少期からの友人だろう?」
「私も少し興味あるかな……?」
高坂ルリは言葉少なの砂金を眺め、ニヤリと口の端を吊り上げた。
『――そうか、君は何も出来ないんだね?』
幼少のころから全くと言っていいほど変わっていない。
砂金が落ち込むさまを堪能しようとする連城にわずかながらの抵抗。
連城とルリの言葉を無視し、眼下の体育館に視線を移す。
「おいおい、失礼だな。仮にも砂野財閥の御曹司たる君が、ライバル財閥の御曹司たるこの僕にそういった態度はないんじゃないかい?」
全てがブーメランになっているといっても過言ではない台詞を宣う連城に、砂金はどう言ってこの場を逃げ出そうか考える。
するとそこにトウカが現れた。
「あ、砂金! アイの治療が済んだわよ! てゆうかあんなボコスコでもこんな早く治るなん
てさすがは医療能力者よね」
『致命加護』は致命傷だけを無効化する。
それ以外の『致命加護』が発動せず負った傷は保健室に常時待機する治療スキルを発現した大人に治してもらうのだ。
大概どんな傷でも一時間や二時間で完治する。
その治療の合間に砂金はユリカの偵察に来たのだが、アイの治療も終わったようだ。
「早く明日の予定を再度詰めましょうよ! 明日が天王山でしょ!?」
トウカはすぐに砂金の元に辿り着くと、その手を引こうとして、ようやく気が付いた。
「あ、連城じゃない。アンタ、砂金になんか用なの?」
トウカの登場に傍目からも分かるように連城は動揺した。
途端に視線を彷徨わせ始め、前髪をいじくりだす。
顔も赤いわけではないため、別にトウカが好きなようではない。
砂金も、その動揺の理由が分からない。
あっという間に顔色が悪くなった連城は
「い、いや何もない……。砂野に用など、何もない」
それだけ言うとクルリと背を向け去っていった。
砂金は連城の様子を冷静に眺めていた。
連城康人とは誰にでも尊大に振舞う人間だ。
だがこの世で唯一の弱点と思しき少女が
「何アイツ……」
このトウカなのである。
連城とトウカの間で一体何があったのかは砂金は知らない。
砂金は連城をそれこそ三歳のころから知っている。
だがこのトウカと連城の確執だけは知り得ないのである。
トウカに尋ねても、トウカも心当たりがないらしく眉を顰めるばかりである。
トウカと連城の間に一体何があったのか。
連城は何を思っているのか。
それはこの学園で暮らしていて、ふとした時に顔を出す最大の謎だった。
ライバル財閥の御曹司である砂金を敵対視し、精神攻撃を加える割には、模擬戦では砂金に直接攻撃はせず、つがいに攻撃させ、なぜかトウカを唯一苦手とする。
それがこの学年で一位を取る最強の人間力を有する連城康人という男の謎に包まれた生態で
あった。
「じゃぁ必要とあればこちらから指示するから、大体の流れは九重に任せたぞ」
『お、おう!了解だぜ!』
そしてその翌日、砂金達はみおろし町にいた。
今日は約束の土曜日。
九重とユリカがデートをする日だったからだ。
インフィデンス、そのリベンジである。
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