第2話 全員つがい編成制度
「砂金!ゴーゴーゴーッ!!」
「犬じゃねーんだぞッ!」
トウカの言い方に反発するが、トウカが行けと言うのだ。行ったほうが良いのだろう。
「クッ!」
砂金は決死の覚悟で突っ込んだ。
敵は十数メートル先にいる二人の男女。
一気に距離を詰める砂金に敵の巻き髪の少女は唇を固く結んだ。
「『
少女が唱えるとその右手に半透明の棘付きの植物の蔓が現出した。
「喰らいなさい!」
少女が腕を振るうと植物の蔓がまるで生きているかのようにうねる軌道を描いて砂金に襲い掛かった。
(遅い!操舵性も低い!)
即座に砂金はその威力の低さを判断する。
(恐らくDクラスの『
『
砂金は構わず直進し、
「よっとッ」
攻撃の瞬間、器用に軌道を変え蔓攻撃を避け切り
「残念だなぁ!」
少女に向かう。
「クソッ!」
あっさりと攻撃を避け切った砂金に少女は歯ぎしりする。
既に砂金はあと数歩のところまで迫っていた。
「まかせろ。『即築』!」
「!?」
残す男子の腕に『即築』という青白く光る文字が躍る。
足元から無数の鉄杭が間欠泉のように跳ね上がってきた。
(Bクラスの『
鉄杭の速度、量から、即座に敵の『一芸』のランクを判断し、直撃は不味いと判断する。
砂金は全身のバネを生かし素早い動きで空中へ跳ねる。
そして大きく後退し地面に着地した。
「『園芸蔓』!」
距離が取れたことで再度少女が植物の蔓で攻撃しようとした。
しかしそこで砂金はニヤリと笑った。
「まさかッ!」
ようやく砂金たちの策に嵌ったことに気が付いた男女が瞠目した。
しかしもう指も口も、植物の蔓といった能力さえも『動かせない』。
「残念だったわね?」
背後から瞳を青く輝かせるトウカが睨みを利かせる。
『魅了』
『トウカを視認した相手を一定時間動けなくする』Aクラスの『一芸』
「これでゲーム終了だな」
トウカの保有する『魅了』は有名だ。
トウカは自分を視界に入れた相手の動きを一定時間封じる『一芸』を有する。
だからこそ敵はトウカを視界に入れないことを大前提に戦ってくる。
だがそれを砂金は動き回ることで、視線を誘導し、トウカを視界に入れさせたのだ。
「お疲れ」
砂金から沸き立っていた光の煙。
『
煙る蒸気刀が身動きの取れない二人を一閃した。
ビーッと電子音が鳴り体育館に表示された大画面に砂金達に『Win』の文字が、敵の男女達に『Lose』の文字が躍る。
続いてそれぞれのプレイヤーに対し運営が計算した点数が加算されていく。
柊トウカ:8500→8602ポイント。学年9→8位。
砂野砂金:6555→6589ポイント。学年15位。
「おお~」
順位の上がったトウカに観客から歓声が上がった。
「クソッ! この裏口入学野郎に負けるなんて……!」
負けた相手が恨みがましく砂金を睨んでいたが砂金は請け合わず会場を後にした。
すぐに次の対戦が始まる。
国立霊園学園では男女ペアとなり戦う異能戦闘を行っている。
戦闘を行う理由は明白だ。
次の『神人災害』に備えるためである。
世界はすぐに、また来ると予想される『神人災害』に備え出していた。
『神人』に霊的攻撃が有効だと知った今の世界はオカルト研究にのめりこんでいる。
対策の一つの舞台となったのは、霊山、『神ノ山』。
かつてより霊的な聖地とされ隠匿されてきたその山は、信じられないことに訪れた人間全てに特異な力を授けることが出来、その周囲では誰もが特異な『力』を行使することが出来た。
『神人』を倒す際、霊能力者が行使していた特異な力は、なんてことはない、その『山』が授けたものだったのだ。
『神人』を倒す際、霊能力者や門下生の大半を失った『神ノ山』運営団体は何兆という大金と引き換えにその山をそっくりそのまま引き渡した。
そしてすぐに日本政府は次なる優秀な能力者を生むべく多くの人材を送り込んだ。
それが現在開拓された『神ノ山』にその居を構える『国立霊仙学園』の誕生の端緒である。
「ホラホラ、もう始まっちゃうわよ!」
自分達の試合が終わり、トウカに手を引かれ第二十七番体育館に辿り着く。
体育館二階の通路。キャットウォークから眼下を見下ろすとそこには
「お、来たね~二人とも!」
体育着に身を包んだアイがブンブンと手を振っていた。
「アンタ!手抜くんじゃないわよ!?」
「任せといて~」
欠片も緊張せずニコニコ笑みを作るアイに頬が緩みそうになる。
自分達の試合が終わった砂金達は丁度次戦に組まれていたアイの試合を見に来たのだ。
本当に可愛い。
砂金は何も言葉を発さず静かに手を振っていた。
世界の誰よりも可愛いと思う少女である。
その上決して小さくない胸の存在をその運動着のふくらみが伝えている。
「エッチ……ッ」
「オウフッ!」
「今、アイの胸見てたでしょ」
正確に砂金の視線を追っていたトウカが半眼で砂金を睨め付ける。
「……」
しかし、否定する必要があるのだろうか。
砂金は勘案する。
なぜなら砂金がアイのことが好きなのは自明なのだ。
好きな子の胸を見ることの何がおかしいのだろうか。
「……。アイに言うわよ?」
「やめてやめて。それは本当にやめて」
いくらか抵抗を試みた砂金だったがトウカの脅しにすぐに屈した。
『ではこれより五月十三日!第二十七体育館第四試合を開始します。両者位置へ』
二人が下らない言い争いをしているうちに試合が始まろうとしていた。
天井付近に設置された画面に先ほどと同じように対戦者の名前が表示される。
小豆川アイ・進藤大地VS心川クルミ・藻部泰三
バスケットコート程の面積を有する体育館にはアイをはじめ合計四人の男女がいた。
『
(……)
今もアイの横にいる浅黒い肌をした百八十センチ近い大男が進藤大地である。
砂金と同じくアイを好いており、毎度絶対告白会ではアイの列で顔を合わす。
入学当初からアイの『つがい』をやっているが、アイに振られ続けている。
砂金が大地を胡乱な目つきで眺めていると、ふと大地と目が合った。
大地は嫉妬心を見抜くとニヤリと笑みを残して砂金に背を向けた。
そしてアイの肩に背後から手を伸ばす。
出来れば止めたかったが、そんな権利はない。
敢え無く大地の腕はアイに触れてしまい、大地は抑揚のきいた声音でこう言った。
「じゃあ頑張ろうなアイ」
「気安く触んじゃないわよ~」
だが浅黒い腕が自分の肩に回されるのを煙たそうに払うアイ。
一ミクロンも恋愛対象に見ていない態度に砂金はとりあえずホッと胸をなでおろす。
そうこうしているうちに試合が始まった。
会場にいる四人の体から光の煙のようなものが湧き出してくる。
『
『神ノ山』では誰もが超常の力を発現できる。
三十年近い月日をかけ研究したことで、『神ノ山』で発現できる能力には、誰もが発動できる物と、人それぞれ発現する物の二種類があることと―― ――それら能力が各人の『人間力』とでも呼ぶべきもので決定されることが判明していた。
『神ノ山』で強力な能力を発現した者は、実社会においても出世し、世にその名を轟かせる傾
向が高かったからだ。
今、アイを始めとする四人が纏う光る蒸気・『
『フレア』、肉体を強化する能力である。
そして――
「開始早々だけど、さっさと決めるわよ!大地!」
「了解だ」
アイの右腕に光る文字が浮かび上がる。
「発動!『
アイの瞳孔が大きく見開かれ、真っ赤に輝き始める。
髪が静電気でも纏ったかのようにブワリと浮き立ち始める。
こめかみには血管が浮かび上がり、アイはゆっくりとした動作で前傾姿勢を取り始めた。
獲物に飛び掛からんとする猫のように、両手を地面につけ、体のバネを引き絞るように身を縮める。
そして、『消えた』。
次の瞬間、相手の女が轟音と共に壁面に叩きつけられる。
アイが超高速で動いて、その勢いで突きをしたのだ。
続いて会場を縦横無尽に駆け巡るクリーム色の光の筋。
「く……ッ」
早くもパートナーを失った相手の生徒は歯ぎしりをしながら必死に体の向きを変えてアイの次撃に対応しようとしていた。
アレがアイの『一芸』。
砂金は光の筋となったアイを目で追いながらその能力を思い出す。
『
短時間限定で圧倒的な肉体強化を促す文句なしのAクラススキルである。
『
『フレア』と違い、個々人が保有する才能に左右され発現する能力の総称である。
『フレア』は多くの人間が一般的に保有している『人間力』を糧に発生する、誰にでも発現する身体強化能力である。
例えば『真面目さ』であったり、『学力』であったり、『学習力』であったり、『コミュニケーション能力』。
それぞれが持っているそういった人間としての基礎能力を大よそ合算してそれぞれの『フレア』は発現する。
だがこの『
『一芸』とは人それぞれが持っている『人間力』の中でもより際立った才能に対し発生する特異能力である。
例えば絵画に素晴らしい才能があればそれに根付いた能力が発現する。
まさにその人の『一芸』。
そしてアイの『一芸』とは『圧倒的な身体能力』
だからこそアイの『一芸』は一定時間、圧倒的な肉体能力を実現する『超過駆動』な訳だ。
結局相手はアイを捕えきることは出来なかった。
「グァッ!」
潰された獣のような声を上げ、残された一人も砲弾ように吹き飛ばされた。
吹き飛ばされた相手はコンクリート製の体育館にその身を強かに打ちつかせる。
壁にぶつかった直後、男からカメラのフラッシュのような光が瞬いた。
致命傷を受けた証拠である。
戦闘を繰り返すにあたり安全を期すべく政府はいくつかのセイフティーネットを用意した。
その最たるものが特別教官である『
『致命加護』。
救急救命の現場で何千・何万という命を救ってきたといわれる日本きっての救命のエキスパ
ート恩田源八郎(齢六十七)。
日本政府が安全を期すべく呼び寄せた恩田源八郎が発現した一芸は『致命加護』。
『神ノ山』内で発生する如何なる致命傷をも無効化する、それこそ特Aクラスの『一芸』であった。
この力によって神人対策庁は嬉々として生徒達に能力戦闘をさせ始めた。
『神人』を倒した男女ペアは、非常に強力な人間力を有する強大な能力者だったので、戦いを繰り返して高い戦闘力を有する能力者を輩出しようとしているのだ。
無論、単独で戦わず男女ペアで戦わせるのにも理由がある。
それが――
「ところで砂金、アンタ準備は出来てるの?」
「え……、あぁ――、準備??」
試合が終わり、ニコニコ笑みを振り撒き会場を去って行くアイを見送っているとトウカが唐突に切り出した。
「えっと、つまり、アレか。今週の。アレか……」
「その調子じゃ緊張で夜も眠れないって感じね……」
トウカの指摘がズバリその通りで砂金は項垂れるしかなかった。
「まあ今回の相手は『アイ』だから会話は持つし、楽しいでしょうけど、ちゃんと準備しないさいよ?ずっと待っていたチャンスでしょ?こんなこと私から言うのなんか癪なんだけど」
「そ、そうだよな。ようやく巡ってきたチャンスだもんな……、頑張るよ……」
「……」
砂金が呟くとトウカは口惜しそうにその青い目を伏せた。
そう、この学園が一対一ではなく男女ペアで戦わせる大きな理由。
それは『神人』を倒す際、どうしても男女の肉体を融合させる霊術『
前回神人を倒した際に使用した、男女の能力者の肉体を融合させ『神人』と同格の超生物になる霊術の奥義である。
ピンク色の靄に包まれた巨人が光の巨人に立ちはだかる映像は今も再三TVで放映される。
そしてこの『合一』が好き合う男女で行わないと危険だから、学園は愛する男女ペアを作ろう
としているのだ。
過去に両想いでない男女を無理やり『合一』させたところ半径2キロ近い大地が一瞬のうちに『消えてなくなった』
加えて『合一』によりどれほど強力な生命体になるかは個人の能力値もさることながら
互いにどれだけ好きあっているかも非常に重要なのだ。
だからこそこの学園の存在理由は以下の通りである。
『戦闘において優秀な成績を残せるような才能溢れる両想いの男女カップルを作る』
これである。
だからこそ若者達の愛を強制的に育むために『絶対告白制度』を導入しており、
最終的には男女ペアの『合一』により『神人』を倒すため、全員にペアを作らせる『全員つ
がい編成制度』を導入している。
だからこそ学園としては入学した生徒には好きな人が出来たなら率先してアプローチし、告
白し両想いになり、つがいになって欲しい。
しかし昨今の若者は全般的に恋に尻込みをする傾向が高い。
それに対し政府が導入した制度が第三の制度。
『絶対告白制度』『全員つがい編成制度』に並ぶ国立霊仙学園三大ルールが一つ、『ランダムデートマッチング』である。(頭おかしい)
結構な頻度で学園運営が全校の男女を無作為に組み合わせデートをさせるのである。
学園の思惑は『ランダムデートマッチング』で恋心を芽生えさせ『絶対告白制度』で強制的に告白させ『全員つがい編成制度』で愛し合う男女をつがいにさせる。
これを無数に繰り返すことで史上最高に両想いのカップルを生み出し、その中で両者とも優秀な『つがい』を次期『合一』候補として育てようという思惑である。
そしてこの『ランダムデートマッチング』でつい先日、一つの事件が起きた、というわけだ。
それは――
「そろそろ次のマッチメイクの時期ね」
「そうね本当にダルイわ。面倒ったらありゃしないわよ」
五月上旬。昼休み。
麗らかな春の日差しの差し込む教室でトウカとアイが砂金の前で雑談の花を咲かせていた。
トウカとアイは仲が良い。
トウカと砂金が昼休み談笑していたら、勝手にトウカに話しかけて来ることもままある。
その間砂金は顔を赤黒く変色させて押し黙っているしかない。
アイが用のあるのはトウカなのだ。
今日の話題は次のランダムデートマッチングだった。
確か今日の昼頃に発表だったよなと砂金が内心思っていると生徒全員の携帯が振動した。
『ランダムデートマッチング』の今回のマッチング相手が確定したのだ。
「お、来たみたいね」
アイがそそくさと携帯に手を伸ばし今回のマッチング相手を確認しに行く。
砂金も同様。やることもないのでPDFを開き自身の欄を確認しに行く。
そして自身の欄を目の当たりにし目を剥いた。
なぜなら―― アイも同様で今回のマッチング相手に顔を綻ばせ、言った。
「今度のデート。よろしくね、砂野君?」
そう、何を隠そう、小豆川アイが次の砂金のデートの相手だったのだ。
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